2006.12.26 Tuesday 01:18
くっくり
北朝鮮の核実験をきっかけに核論議を提唱した自民党の中川昭一政調会長へのバッシングは一時、目を覆(おお)わしめるものがあった。自衛隊と憲法9条をめぐって、革新勢力との神学論争に苦しんだはずの自民党からも批判が飛び出している。自由な安全保障論議ができない日本政治の病は治っていないようだ。
しかし、核論議が戦後ずっと完全なタブーだったわけではない。たとえば、戦後の「元老」たちともいえる中曽根康弘、安倍晋三首相の祖父岸信介、麻生太郎外相の祖父吉田茂の3元首相は、核論議をタブー視しなかった。
広島、長崎の悲劇に見舞われたわが国にとって、第3の対日核攻撃を防ぐことこそが優先するはずだ。自由な議論が必要で、結論はそれからでも遅くはない。(榊原智)
(中略)
■もっと自由な議論を
政府が政策として「非核三原則」を示したのは佐藤栄作首相時代の1967年だ。それが「国是」といわれるようになったのは国民感情によるところが確かに大きい。
しかし、この原則に従って米軍が核兵器を日本に持ち込んでいない−と信じる人はどれほどいるか。現代日本は、核戦力の近代化を進め、原潜で領海侵犯しても謝罪ひとつしない中国、高度な核戦力を維持するロシア、核武装すれば何をしでかすか分からない北朝鮮に囲まれている。核論議すら封殺して安全は本当に確保できるのか。
現役政治家は、3元首相を見習ったらどうだろう。中川政調会長自身、議論の必要性を指摘し続けるだけではなく、なんらかの形で、議論を始めたらいい。気がかりなのは、安倍首相が「政府としても自民党の機関でも議論する考えはないが、それ以外の議論を封殺することはできない」(10月27日)と述べた点だ。中川氏をかばう発言だが、これが逆に足かせとなって、党や防衛庁、外務省内の議論を閉ざすことになってはいけない。
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