なぜ元慰安婦は核心部分で“間違う”のか?

2016.03.14 Monday 02:07
くっくり



(7)2007年2月22日:ジャパンタイムズ
「14歳で日本兵に首をつかまれ家から引きずり出された」

(8)2007年3月2日:日本外国特派員協会
「月の明るい夜の2時か3時に軍人と女が家に入ってきて、刀を突き付け、口を押さえてつれ出され、女3人をつれた軍人と合流、列車に乗せられた」

(9)2007年3月6日:ニューヨーク・タイムズ
「母親を呼ばぬよう、日本兵は私の口をふさいで家から引きずりだした」

<注記>
(1)「証言―強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」(明石書店1993)
(7)2月21日参議院議員会館における本人の証言。
(8)本人の証言と質疑のテープ録音。
(9)2007年2月15日の米下院公聴会における本人の証言を引用する形式。
 以上、「諸君!」2007年5月号掲載、秦郁彦さんの論文【幻の「従軍慰安婦」を捏造した河野談話はこう直せ!】より引用。詳細は拙記事参照。

 (6)の米下院公聴会で、李容洙氏は「強制連行」された時期を「1944年秋、16歳の時」としていますね。

 状況説明は大きく変遷しているものの、「1944年」という年については他の証言でもほぼ一致しているので、これは間違いないと思われます。

「1944年夏、友達の母親に「豊かな生活ができる」所へ行かないかと誘われるが断る。その何日か後、その友達が家に誘いに来て外に出ると、軍服みたいな服を着た男がおり、ワンピースと赤い靴をもらって感激してついて行く」(1993年7月「写真記録 やぶられた沈黙」)

「1944年秋 友達と川で貝を採っていたら、日本人の男の人と老人に行こうという仕種をされ逃げる。その何日か後、友達が家に誘いに来て、ついて行くと国民服を着た日本人の男がいて、ワンピースと革靴をもらって感激してついて行く」(1993年10月「証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち」)

「1944年、友達と川で貝を採っていたら、軍服を着た人と白い服を着た人が見ていたので怖くなって逃げる。その1、2ヶ月後、軍人と首に何かを突きつけられた女の人が家に来て、同女も口を塞がれ背中に何かを突きつけられて連れ去られる」(2005年4月 同志社大学における証言集会)

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