「アンカー」敗戦後の刷り込みが中韓の反日工作を招き寄せた…硫黄島と真珠湾レポから
2014.06.12 Thursday 02:01
くっくり
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青山繁晴
「えー、これまず不肖私が写ってるんですけど、テレビ局って、僕が一番使ってほしくない写真を必ず使うんですよね(一同笑&ざわ)。これ両方とも嫌なんですけど」
村西利恵
「そうなんですか(苦笑)」
青山繁晴
「どうしてかというとこれ(左の写真)、硫黄島ですが、僕は軍人でも自衛官でもないんで、本来敬礼などしてはいけません。で、でも、これどうしてもやっぱりせざるを得なくてですね。カメラを全然意識しないで、ま、敬礼をしてるところが、これです」
村西利恵
「そういうお気持ちになられたということですね」
青山繁晴
「はい。それからこれ(右の写真)は、真珠湾につながれてる戦艦ミズーリっていうアメリカ海軍の船なんですが、シャツが派手です(一同笑&ざわ)。えー、したがって…」
村西利恵
「いや、素敵ですけども、はい」
青山繁晴
「あの、両方とも、この写真は嫌なんですが、但し、この敗戦後の刷り込み、つまり敗戦後ずっと思い込みがあったんじゃないかっていうことをですね、こうやってドーンと出してくれる、番組、テレビ局は、これお世辞じゃなく、この水曜『アンカー』しかないと思いますね。だから僕も勇気づけられました。で、まず、硫黄島の方から行きましょう。はい、出して下さい」
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村西利恵
「青山さんは2006年12月に硫黄島を訪問されています。その当時は、日本兵およそ2万1000人のうち、およそ1万3000人の遺骨が還っていませんでした」
青山繁晴
「はい。いわばこれは、私と、あるいはこの番組と硫黄島をめぐる、原点ですよね」
村西利恵
「はい、そうです」
青山繁晴
「で、硫黄島は、第2次世界大戦の末期に、日本側から言うと大東亜戦争の末期にですね、この硫黄島の下(南)に、サイパンとかグアムがあるんですが、ここから、爆撃機が、日本本土を激しく爆撃して、もう男性あまりいませんでしたから、働き盛りの人は。だから、女性と子供を中心に虐殺されていったわけですね。でもそれ遠すぎるんで、アメリカ軍は中継地点がほしくて、それで硫黄島を狙いに来た。で、そこで2万1000人戦われましたが、戦争の末期なので職業軍人は1000人ぐらいしかいらっしゃらなくて、2万人は、私たちと同じようなサラリーマンとか役場の職員とか学校の先生とか、普通の人が兵士として、硫黄島に行かれた。で、戦争が終わったら、玉砕の島の中でも硫黄島だけは日本の島ですから、この全員が、亡くなられた2万人、殺された2万人が全部故郷に帰るはずが、あれから、60年、以上経っても、1万3000人、半分以上の方が、そのまま、この熱い熱い硫黄島に、取り残されたままになってるわけですね。そのことを、えー、かつて、この水曜『アンカー』のカメラと一緒に行きました。はい。今、出していただけますか」
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