2013.11.25 Monday 00:42
くっくり
「東京だョおっ母さん」が発表されたのは、連合国軍総司令部(GHQ)による占領が終わってからわずか5年。
GHQは、治安維持と「戦争罪悪感」を日本人に植え付けるため、占領直後から民間情報教育局(CIE)と民間検閲局(CCD)を車の両輪として新聞、ラジオ、雑誌の検閲はいうに及ばず、電話の盗聴、手紙の開封を大々的に実施した。GHQによる「洗脳工作」は、江藤淳氏が昭和の末期に「閉ざされた言語空間」を発表するまでタブー視され続けてきたが、今夏出版された山本武利氏の「GHQの検閲・諜報・宣伝工作」(岩波現代全書)でより詳しく工作の一端が明かされている。ことに占領初期のラジオ放送は、GHQが定めた「ラジオ・コード」に従って一言一句にわたって厳しい検閲を受けたという。
音楽番組も「民主化」の先兵となり、「戦時歌謡」はすべて封印された。靖国を連想させる「九段」という地名が入った曲も放送できなくなった。
検閲の記憶も生々しかったあのころ、担当者が条件反射的に2番を「放送できない」と判断した可能性は高い。その呪縛は、ついにお千代さんが亡くなるまで解けなかった。日曜の午後、NHKは追悼番組を放送するが、果たして2番は流れるのだろうか。
見えない「被占領意識」という黒い霧は、この国のメディアをいまだに覆っているようである。(論説委員)
[7] << [9] >>
comments (9)
trackbacks (0)
<< 韓国の諺と小説に「慰安婦=売春婦」の重大ヒント&宮古島慰安婦碑の真相
「アンカー」中国防空識別圏設定で日米安保に想定外の事態&猪瀬都知事が5000万借入問題で墓穴? >>
[0] [top]