「たかじん委員会」秋篠宮家に親王ご誕生で皇室典範改正は?
2006.09.12 Tuesday 01:05
くっくり
辛坊治郎
「平たく言うと先生の頭の中にイメージしてらっしゃるのは、そりゃまあ新しくお生まれになった男の子で受け継がれていきゃそれはいいんだけど、(パネル指しつつ)安全装置としてやっぱりこういうのを特に復活させて、先生のイメージで言うとたぶん、男系を維持しながら、女性の宮家を残して、そこに皇族ないし旧皇族から養子を迎えて、で、男系を維持しながらいわゆる安全装置を組み立てていくという…」
所功
「ええ、ほとんど辛坊さん、言ってしまわれたですね(会場笑)。私が言うことなくなっちゃったんですが、まさにそういうことであります。実は皇室というものはまさに血統、血脈がずっと繋がっていくということがこれ、大事なことなんですね。ま、2000年になんなんとする日本の皇統というものが、とにかく一つの血脈で繋がれてきた。これ、まさに世界に類のないようなことだと思うんですね。その維持できた一つは、明治の皇室典範では、正妻に男子がお出来にならなければ、側室のお子さまでもよいということを、含みとして明治の皇室典範は出来ております。ところが戦後になりますと、それはそうはいかないだろうということで、もう側室の庶子は認めない。にも関わらず男系男子に限定するということをしてしまったわけですね。ここに無理があると」
辛坊治郎
「もっと言や、橋下さんの言う側室制度を廃止したところに一番の、要するに制度としての整合性が…」
倉田真由美
「えーー」
所功
「橋下先生はどういうおつもりか知りませんけれども(笑)」
橋下徹
「これ(自分のパネルの「側室制度の容認」という文字を示して)、僕じゃないんですよ!(会場笑)。天皇制度として万世一系を保ったそのコインの表裏で、ほぼ今の125代の天皇のうちの半分以上が庶子なわけですよね。側室から生まれた…」
宮崎哲弥
「それどころか近代天皇制は、明治天皇も大正天皇も昭和天皇も庶系ですよね」
橋下徹
「そうですよね」
三宅久之
「だけどね、それはね、昭和の天皇さまがね、側室を持たないと。最初は4人女のお子さんが生まれたわけですよ。昭和天皇さまのね。それで側室を持たせようということで具体的に人選まで決まったんですよね。だけども良子(ながこ)さん、あの、皇后さま、『良子を悲しませるわけにはいかない』と言って、拒否されたんですよ。それならもし生まれないんであれば、自分の弟である三笠宮さんとか色々いるから、それがやりゃいいじゃないかと言って、昭和天皇が拒否された。それ以降の側室論議なんてのはできないんですよ。そんなもんはあり得ない」
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