2006.09.09 Saturday 03:19
くっくり
村山談話は中国や韓国には、あたかも外交文書のように受け取られ、その後の歴代内閣の歴史認識を縛ってきた。その意味で、村山談話の罪は重い。しかし、歴史認識というものは、学問や言論の自由が保障された社会では百人百様で、時の内閣の首相談話によって縛られるものではない。
平成5年8月に当時の河野洋平官房長官が出した談話も、同じことが言える。その後、河野談話にある「従軍慰安婦・強制連行」説は破綻(はたん)したにもかかわらず、それを批判しようとする閣僚の発言を封じてきた。
村山談話は「遠くない過去の一時期、国策を誤り」とも言っている。その時期を村山首相は明示しなかったが、そもそも、戦後の一時期の内閣が過去の歴史を一方的に裁いていいのか、極めて疑問である。
政府の連続性から首相談話の見直しは慎重になされなければならないが、正すべきは意を尽くして正すのが政府の責務であろう。
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