2006.09.02 Saturday 02:12
くっくり
昭和天皇が靖国神社のA級戦犯の合(ごう)祀(し)に強い不快感を示されたとされるメモを富田朝彦元宮内庁長官(故人)が書き残していた問題で、富田元長官の妻(81)は産経新聞の取材に応じ、「こんなに大騒ぎになるとは思わなかった。日記やメモを公表したのは、昭和天皇のお人柄を伝えたかったから」と語った。
妻によると、メモや日記は元長官が平成15年11月に亡くなった後、東京都内の自宅寝室の奥に残されていた。
「読んだらとてもおもしろく、まるで富田が生きているみたいで…」
元長官は生前、日記やメモの扱いについて何も言い残していなかった。だが、彼女自身は「いずれ発表できる機会があればいいと考えていた」という。
その理由については、「陛下は口数が少ないといわれていましたが、実はお話し好きでした。日記やメモには、富田が知らないことを(昭和天皇が)教えてくださったことがつづられていました。いろんな歴史も教えてくださったそうです。ユーモラスな方でもあって、そのお人柄をみなさんにもお伝えしたかった」と説明。次のようなエピソードを紹介した。
皇居内の御所が新しくなったときのこと。「陛下が『自分の方がいいおうちになってすまないねえ』と、よくおっしゃっていたそうです」
また、あるときは「富田に陛下から伝言があって『サフランは、蘭ではないんだよ』って。たった、これだけだったそうです」。
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