02首相の靖国参拝反対派への反論(中)【暫定版】
2006.08.26 Saturday 04:19
くっくり
・『A級戦犯』7名をGHQは昭和23年12月23日、今上天皇のお誕生日にぶつけて処刑しました。昭和天皇はそのことを知ると、一晩中一睡もせずに部屋を歩き回り、部屋を出る時は眼を真っ赤にさせていたことを、当時の徳川義寛侍従が書いています。
さらに『木戸幸一日記』の9月20日にはこう書かれています。「敵側のいわゆる戦争犯罪人、ことにいわゆる責任者はいずれもかつてはひたすら忠誠を誓った人々だ」。「いわゆる」を2回も使っておられます。ということは、彼らを戦争犯罪人、戦争責任者だと云うのはご自分の意志ではない、というお気持ちの表れではないでしょうか。
・昭和天皇はご自分に責任があると思われ、責任を果たすために一身を投げうつ覚悟をもたれていた(マッカーサーにその旨述べています)が、現実には東条はじめ臣下の者たちの死によって責任は償われ、ご自身は生き残りました。そのことの重い意味を陛下は忘れてはおられなかったはずです。だからこそ、昭和天皇は東条家に毎年、お使いを派遣し、御下賜の御品と、「東條の家族は今どうしているだろうか」というお言葉をかけられていたのではないでしょうか。
・指摘しておきたいことのもう1点は、靖国神社が『A級戦犯』合祀後も、春秋の例大祭に際して昭和天皇から勅使を戴いてきたことや、昭和天皇の弟宮である高松宮殿下や三笠宮殿下を始めとする皇族方がたびたび御参拝になっている事実です。これらは重く受け止められるべきではないでしょうか。昭和天皇が『A級戦犯』合祀に反対して参拝をとりやめられたのならば、合祀後も、皇族方がご参拝になられるはずがありません。
また、たとえ昭和天皇が『A級戦犯』全体に個人的に不快感を示されていたのが事実だとしても、それを理由に分祀をするというのは、国民主権の今の日本にはなじまないのではないでしょうか?
【8/28 13:40この項大幅修正・追記】
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