「約束の日-安倍晋三試論」安倍政権のあの叩かれ方は何だったのか?

2012.09.17 Monday 23:43
くっくり


 焦点の一つとなった「愛国心規定」についてもそうで、朝日新聞の調査ですら「賛成」が56%を占めていたのです。

 にも関わらず、朝日新聞は我田引水の報道を続けました。
 教育基本法改正反対運動の記事は70件も掲載する一方で、賛成派の動きを伝えた記事はたったの3件でした。

 しかし、朝日や日教組の「努力」もむなしく、教育基本法改正法は成立します。

 ここで成果を上げられなかった反安倍勢力は、その後、政策を叩くのではなく、スキャンダル叩きに方向を転じることになりました。

 小さな不祥事を大事件のように拡散するメディア、キャリア官僚によるリーク、日教組を始めとする組織力を結集しての安倍潰しです。

 すさまじいバッシングに晒される中、それでも安倍さんは戦い続けました。

 その具体的な中身については、ぜひ本書をお買い求めの上、お読みになって下さい。

 当時は全く表に出てこなかったことも、関係者の証言などによって明らかにされています。

 一つだけ挙げると、実は安倍さんは、首相を辞任した2007年の靖国神社の秋の例大祭(10月)に首相として参拝することをすでに決めており、官邸は靖国神社側と首相参拝の手順に関して、折衝を重ねていたそうです(辞任は9月12日)。

 「あくまで結果論だが」と前置きしながら、靖国神社参拝を果たせなかったことは重大な過誤であったと、小川さんは指摘しています。

 首相として靖国神社参拝を果たせなかったことについては、ガッカリした保守派の方も多かったと思います。河野談話の見直しがされなかったこともそうですね。

 しかし、皆様ご存知のとおり、安倍さんはこのたびの自民党総裁選の公開討論会などを通じて、「首相在任中に参拝できなかったのは痛恨の極みだ」と靖国参拝に強い意向を示していますし、河野談話についても、アメリカで慰安婦の記念碑が建てられて、河野談話がその根拠とされていることを指摘し、新たな談話の必要性を強調しています。

 (ちなみに河野談話については、2007年に安倍内閣として「政府が発見した資料の中にはいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」とする答弁書を閣議決定していますが、意外と知られていないようです)

image[120917-06abe.jpg]


[7] << [9] >>
comments (25)
trackbacks (3)


<< 北が拉致を認めて10年…横田さんご夫妻の苦悩に胸が痛みます
「アンカー」朝銀公的資金投入は拉致密約&人権救済法案閣議決定&尖閣反日暴動 >>
[0] [top]


[Serene Bach 2.04R]