「文藝春秋」富田メモ
2006.08.11 Friday 02:16
くっくり
私はこの文書は、歴史の問題として扱うべきだと思う。だから昭和天皇のA級戦犯合祀に対する思いを、8月15日の総理参拝の問題に結びつけることは、本質的に意味が違うと思うんです。
<この後、小泉首相批判、古賀誠批判。また、もっとも悩んでいるのは靖国神社だろうが、みずから判断して動くしかないといった話>
保阪 私たち国民は、死を目前にして『それが私の心だ』と言わずにはいられなかった、昭和天皇の苦衷を思い、なおのこと真摯に歴史と向き合うしかないでしょう。
<この保阪氏の発言で終了>
_________________________________内容紹介ここまで
全文読んでみての感想ですが、メモの解釈については各人の主観とか歴史観も入ってるし、状況証拠はあっても決定的な証拠がないというか、「〜ではないでしょうか」「〜に見えますね」「〜だと思います」てな表現もたくさんあって、これでは論争終結とは行かないだろうな、という印象を私は持ちました。
またこの対談では、徳川元侍従長発言説には全く触れられていません。
ご覧のように、「A級戦犯合祀には徳川元侍従長(当時は侍従次長)も反対していた」というエピソードの一つとしてしか述べられてません。
徳川元侍従長発言説は最初にメモが出た7月20日にはすでに2ちゃんねるで出始めてたし、「メモ反転画像」の存在まで知っていた保阪氏が徳川元侍従長発言説の存在を知らないというのは、ちょっと不思議な気がするんですが。
知ってたけど取り上げるほどの説じゃないと判断して、あえて言及しなかったんでしょうか?
ま、「メモ反転画像」の件はネット経由ではなく他人からたまたま聞いて知ったとか、そういうことなのかもしれませんが。
それでもやっぱり引っかかるんですよね。というのも……。
秦氏の「日経は、今のところ(7月末時点)、前半部分を公開していません」という発言箇所を見る限り、この対談は7月末に収録されたものだと思われます。
が、8月3日発売の『週刊新潮』8/10号では、御厨貴・東京大学先端科学技術研究センター教授(公開された部分のメモだけを見たとされる人)が徳川発言説に触れています(拙エントリー8/3付参照)。8月3日発売ってことは、御厨氏はたぶん『文藝春秋』の対談が行われたのと同じ7月末頃までには『週刊新潮』からインタビュー受けてると思うんですよ。
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