久米宏氏の韓国に対する認識の間違いを正す「SAPIO」01.8.22/9.5号
2011.09.05 Monday 01:28
くっくり
*
相変わらずお暑いことです。
さて、前回の7月6日のニュースステーションの歴史教科書特集への批判をもう少し続けます。
私はあれを報道、つまりニュースとは見ていません。それよりも一種の政治的プロパガンダではないかということは、前回その根拠とともにお伝えしたとおりです。しかし、いかに作り手の意識がプロパガンダに偏っていても、真実というものはそうしたものの中からも抽出できるということは確かにあります。その実例をご覧にいれましょう。
image[110905-sap02bunkatu.jpg]
あの特集の中で、「日韓の絆」というパートがありました。日本の歴史教科書の歪曲を韓国人が嘆いていて、日本人の一部がとんでもないことをしているという印象を視聴者に強く与える内容でしたが、その中で登場した「良心的」な先生、韓国大邱(テグ)市立校洞(キョドン)中權五鉉(クォンオヒョン)教諭は、日本の教科書に対して、「日本に関心と好感を持っていた韓国の青少年に悲そう感を与えた」と、日本の「つくる会」の教科書を厳しく批判していましたが、その前にこういう一節があったのを、久米さん、覚えていますか。
「日本の教科書問題は、韓国の歴史教科書が反日から客観的なものに変わってきた矢先のことだったと權さんは指摘します」
これは、画面では權教諭直接の発言ではなく、ナレーションとして処理されていましたが、「と權さんは指摘した」とあるのですから、あくまでご本人の発言でしょう。ニュースステーションの記者が彼の主張を要約した結果、そういう形になったのだから、これはご本人の発言として捉えていいものだと思います(久米さん、その点は大丈夫ですね?)。
実はこれほど重大で、問題のある「発言」はないのです。
「韓国の教科書が反日から客観的なものへと変わっていく矢先」ということは、つまり韓国の子どもを直接指導している歴史の先生から見ても、韓国の教科書、特に今、歴史教科書問題で抗議の声をあげている大人たちが学んだ教科書というものは客観的ではなく、反日だったと証言していることになるからです。
ここで大切なのは、客観的と反日ということが対立語として置かれていることです。客観的とはもちろんニュースのようにできるだけ公平、的確で正しいということですが、反日とはどういうことですか?それは主観的に日本をおとしめるように(あるいはその対極として、韓国を必要以上に持ち上げるように)歪められた教科書という意味です。これは決して曲解でもなんでもなく、この言葉を素直に解釈すればそういうことになるはずです。
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