「アンカー」渡辺謙が生出演“日本人の誇り”と『硫黄島からの手紙』秘話
2011.08.18 Thursday 03:34
くっくり
渡辺謙
「あの、非常にクリント・イーストウッドという監督はですね、ま、ご自分で、監督だけではなくて、もちろん俳優ですよね。ですから、全部、委ねるんです」
青山繁晴
「うーん、そうなんですか」
渡辺謙
「だから、ものすごいプレッシャーなんですよ」
山本浩之
「ですねー」
渡辺謙
「で、もちろん、その、例えば『シャンハイ』と比べれば、やっぱり栗林忠道さん、中将っていうのは非常に高潔で、信じられるし、そういう軍人ではあります。でも、彼も、心優しい家庭人、普通の男だった側面もあるわけですよね。で、そういう中で、もちろんあの、手紙で受け止めることも大きかったですし、でも逆に言うと、彼がなぜ今そういう状況の中、硫黄島への道を、引き受け、それを率いていったのかっていうことを、心情として知るために、やっぱり、色んな歴史的な背景を、自分の中でこう得心行くまで探ったわけですよね。で、なおかつ、そうやっていくと、何でこんな戦況まで行ってしまったんだ。と、もっと行くと、何でこんな戦争をやってしまったんだっていうとこまで、やっぱり、どうしても追い詰めざるを得ないわけですよね。そうすると、もう、落ち込みました。ほんとにちょっとがっくりして、その、準備をしているんですけど、何かその、映画のモチベーションではなくて、自分の国の歴史に対してのモチベーションがもう、落ちてしまって、ちょっと一瞬立ち直れないような時期が、確かにありました。でもやっぱりこれは、伝えなきゃ分からないんだと。伝えることによって、もう一回見直してもらえたり、考え直していただいたりするきっかけと、やっぱりこれはなるべきだ、っていうふうには思ったんですね」
山本浩之
「そうですねー」
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青山繁晴
「あの、渡辺謙さんが『硫黄島』の映画を撮られる前に、中将の人間性を訪ねて、長野県松代へ行かれてですね、あの、中将が実際に残されたお手紙も読まれたこと、実はご遺族からも僕も聞きまして、あの、今日の謙虚に挨拶に来られたのと同じように、その、ほんとに礼を尽くされる方でもあると思いました。で、実はその硫黄島については、僕は、あの、お願いがあってですね、渡辺謙さんに。そのうちのまず第一は、あの映画の、英文名は『Letters From Iouzima』、それはしょうがないんですよ、アメリカが間違えて『いおうじま』と読んでるから。でも、これは僕たちの祖国の一部で、これ『いおうとう』ですから」
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