2011.08.16 Tuesday 01:36
くっくり
zakzak>11/7/22付:テキサス親父の日本訪問記(1)より
大阪で一泊した後、われわれは広島に向かった。広島に着くと早速、路面電車に乗り、広島の平和記念公園に向かった。電車を降りてまず、俺は「原爆ドーム」と書かれた看板を目にした。正直なところ、俺は見るからにアメリカ人であるわけだから、ここを見て回ることには若干の気後れを感じた。でもそうした考えはただの杞憂でしかなかったことを俺はすぐに知った。記念写真を撮ろうとカメラをカバンから出すと、近くで路面電車を待っていた女学生たちが、ポーズをとり、手を振り、そして笑顔を見せてくれたんだ。彼女たちの温かさに俺は救われた気分になったよ。
われわれはその日、60年以上前にこの地で起きた悲劇に思いを馳せ、心に痛みを感じ続けながらも何時間もその記念公園と記念館を見て回った。そして、その間多くの日本人の生徒とすれ違うことがあったんだが、一度たりとも俺たちに対して敵意が向けられることはなかった。
記念公園では、数百人もの子どもたちがいるのを目にしたが、彼らの態度にも俺は感銘を受けた。世界中のどこでも、子どもは叫び、はしゃぎ、そして走り回るものだが、そこではそういう光景を見ることはできなかった。これは、日本人の子どもが他の国の子どもたちと違うからではないんだ。彼らは、自分たちが今歩いている場所を理解していて、それに対して、敬意を表していただけなんだ。上空は開けており、壁も見あたらなかったが、周囲の人の態度を見て、俺は自分が今、聖堂か教会の中にいるかのような錯覚を覚えた。
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