「アンカー」渡辺謙が生出演“日本人の誇り”と『硫黄島からの手紙』秘話

2011.08.18 Thursday 03:34
くっくり



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渡辺謙
「(バックに動画流れる)あの、今まで、大きな災害があったり、あの、色んなことがあったりした時に、ほんとに僕たちは何もできないなと、そういう思いがずっとあったんですね。で、今回も、果たしてじゃあ何ができるんだろうって、すごく悩んだんですけど、やっぱり僕たちは、エンターテイメントの仕事をしてるんだという、心を、とにかく、どれだけ慰め、寄り添い、近くにいることができるのかっていうことを、どういう形でできるかっていうことを、まず、ま、これをやろうと、っていうことで、始めました」

青山繁晴
「うーん、いや、今、映像の中にも、謙さんに慰めてもらって、ほんとに、心潤ってる被災者の方の姿も映りましたね」

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渡辺謙
「ほんと、だから、これやりながらでも、ずっと、迷いながらだったです、あの、一緒にやろうとした、ま、小山薫堂(こやまくんどう)君って脚本家がいるんですけど、彼とか、他のスタッフも含めて、毎晩、これでいんだろうかと。やっぱり実際3月の段階で、ま、15日に立ち上げたので、でも被災地には電源もない、パソコンもない、携帯電話もちろんない、そういう中でウェブサイトを立ち上げることが、ほんとに役に立つんだろうかと。ただ、そのあとから、どんどんその、地元のコミュニティFMとか、ローカル局とか、そういのが非常に力を貸してくれまして、僕たちが撮ったもの、詩ですとかメッセージですとかそういうものを、こう、回って流してくれる、で、そういうことをやってくれるようになり、7月に伺った時に、あの、すぐではなかったんですけど、ある時にそれを聞いて目にした時に、ほんとに、慰められましたっていうふうにおっしゃっていただいた時は、ま、少し、ま、無駄でなかったんだなと思いました。はい」

山本浩之
「いや、戦争も、それから今回のような災害も、結局、その後に置かれた人間の状況っていうのは、僕は同じだと思ってるんですね」

渡辺謙
「そうですね」

山本浩之

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