昭和天皇御巡幸の御製と歴代天皇の博愛精神
2011.08.09 Tuesday 01:47
くっくり
昭和天皇の御巡幸については、以前、拙ブログでも少し取り上げました。
・5/2付:3月11日に天皇皇后両陛下がなされた事
戦争で婚約者を亡くし「私は天皇陛下万歳とは言いません」と言っていた女性教師。
皇室に反対する演説をぶとうと待ち受けていた炭鉱労働者。
「巡幸反対」を唱えていた静岡の戦災者・引揚者寮の共産党員。
こういった人たちも、いざ昭和天皇のお姿を拝した時には自然と「天皇陛下、万歳!」と叫んでいた、というエピソードを紹介しました。
特に静岡の戦災者・引揚者寮での出来事について、大金益次郎(おおがね・ますじろう)侍従長はこのように記しています。
「陛下の虚心な御行動の先ざきでは、我々の複雑な先入観は、常に事実として、払拭される。そこで、我々はただ日本人を見る。党派も階級も貧富も見えない。我々はただ日本人の血の叫び、魂の交流だけを感ずる。党派も貧富も階級もその障壁をなさない」
天皇は無私の存在であられ、全ての国民に分け隔てなく接され、その喜びも悲しみも我が事のように受け止められます。
これはもちろん昭和天皇や今上陛下に限った話ではありません。
「正論」2011年7月号に、中山理さんが近著「日本人の博愛精神」について語ったインタビュー記事が載っていますが、そこで天皇についても触れられています。
【博愛精神という視点で歴史的事象を追ったら、日本人は昔からそういうものを持っていたと気づきました。
天照御大神が登場する『古事記』『日本書紀』にすでに現れています。
それを受け継いでおられるのが歴代の天皇です。
そして高い地位にありながらも常に民のことを思い、民の苦しみを自分の苦しみと感じておられる。
相手と同じ地平に立ち、思いやり、慰め、元気づける。
無私の心、博愛精神です。
自分の感情を浄化し、憎しみや悲しみを浄化するには、自分の感情より高い感情に触れるしかありません。
憎しみでは自分の悪感情が増幅するだけです。
陛下のような高い感情に触れると、苦しみが浄化される。
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