昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感?

2006.07.21 Friday 02:11
くっくり


 今日一日のメディアの騒ぎを見ていてまず思ったのは……、いや〜「天皇」の影響力ってすごいですね〜(^_^;
 何やかんや言っても、日本はまだまだ「天皇を中心とした国」なのね〜と、私はある意味ほっとしました。

 それにしても朝日新聞も毎日新聞もNHKも、一体いつの間に「天皇」のファンになったんでしょうか。
 特に朝日新聞なんか「昭和天皇には戦争責任があるんだも〜ん!キィィ〜!」って目の敵にしてたはずなのに。
 そういや朝日新聞はこの2月には、皇室典範問題で見解を述べられた寛仁親王殿下に対して、「発言を控えてはどうか」「寛仁さまの発言は、皇族として守るべき一線を超えている」「たとえ寛仁さまにその意図がなくても発言が政治的に利用される恐れがある」なんてえらそーに言ってましたっけ(拙エントリー2/3付参照。重たかったらごめん)。
 普段そんな扱いをしといて、なぜ今回だけ急に「昭和天皇のご遺志は尊重しなければ」ってスタンスになるの?勝手やね。

 昭和天皇がA級戦犯の一部を快く思ってなかったという話は聞いたことがあります。
 (ちなみにA級戦犯のシンボル的存在である東条英機に関して言えば、昭和天皇は東条を忠実な臣下として非常に信頼していたし、また東条も天皇の意思に反するようなことは行わなかった)
 平和主義者であられた昭和天皇が、日本を開戦に導いた人たちを憎まれたとしても無理はないですし、ぶっちゃけ、性格的、思想的に嫌いというか合わないというか、そうお感じになる相手もいたでしょう。天皇だって人間でいらっしゃるんですから。
 が、昭和天皇は公式発言として、そういったお言葉はこれまで一切残されてないんですよね。

 ニュース見てて思い出したのは、マッカーサー回想記の有名な記述。それと木戸幸一の証言。

昭和の明暗、刻むご生涯 天皇陛下ご逝去(1989/01/07 朝日新聞夕刊)
 天皇が、占領軍の最高司令官マッカーサー元帥を米国大使館に訪問したのは、終戦の翌月だった。マッカーサーは、のちに回想記を書き、このときのことを次のように書いた。
 「私は天皇が、戦争犯罪者として起訴されないよう、自分の立場を訴えはじめるのではないか、という不安を感じた。・・・しかし、この私の不安は根拠のないものだった。天皇の口から出たのは、次のような言葉だった。『私は、国民が戦争遂行にあたって政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負う者として、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした』」

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