【東日本大震災-6】外国人から見た日本と日本人(27)

2011.06.06 Monday 19:25
くっくり


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 小さな町のあちこちで彼を呼ぶ声がする。「ロバート、ロバート」−。在日外国人でつくる災害ボランティア団体のリーダーとして東日本大震災の被災地で活躍する米国人男性がいる。支援の手が入りにくい小規模集落に重点を置き、流暢(りゅうちょう)な関西弁で現地にとけ込む。本業は大工。被災者に呼ばれてはハンマーを振るい、復興を後押しする。

 京都市上京区のロバート・マンゴールドさん(41)。震災後に「国際災害支援機構(IDRO)」というボランティア団体を立ち上げ、交流サイト「フェイスブック」を通じてメンバーを募集。ウクライナ、イギリスなど各国の留学生や大学講師ら約30人が参加し、グループで定期的に被災地入りしている。

 来日して18年。津波の衝撃的な映像は、日本人の妻と子供の3人で見た。震災当初、テレビから伝え聞く地名は限られていた。ニュースに出ない場所はきっと孤立している−。心を占めたのは「自分がやらねば」という義務感だった。

 20歳すぎまで米海兵隊に所属。物資調達や人員配置のロジスティックス担当として災害現場に派遣された経験を持つ。阪神大震災のときもボランティアとして物資の仕分けをした。

 3月中旬、米国人の知人と2人で岩手県沿岸の小さな漁村を回り、避難所を見つけるたびに救援物資を配った。いきなり現れた外国人の2人組に不審がる住民もいた。「どこの団体ですか。個人の寄付は受け付けません」と断られる場面も。組織の必要性を痛感し、京都に戻って結成したのが今の団体だ。

 被災地では大工の腕を生かし、工具で鉄筋を切ったり、側溝のふたを作ったり。関西弁で時折「おとん!」と呼びかけ、周囲に笑いを広げた。ボランティアの配置にも海兵隊仕込みの辣腕(らつわん)をふるう。集落に入って2日もすれば「ロバート、ロバート」と被災者の相談が絶えない。

 日本に住むことを決めたのは岩国基地に勤務した約20年前。我を通さず、周囲を立てる国民性にひかれたからだ。

 被災地で出会った80歳すぎの女性は津波で流された漁具を1人で回収していた。手伝おうとすると「大丈夫。他にもっと困っている人がいる」。

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