Comments
- 旅の者
- 2009/06/21 08:51 AM
- はじめまして。いつも勉強させていただいています。
私が臓器提供で一番気になる点は、提供者の家族のことです。
もし家族が脳死判定された際に、提供するべきが否かを家族だけで判断することはあまりに酷です。
提供してもしなくてもその後葛藤が続くことでしょう。
いっそのこと国民全員に臓器提供の意思を生前に表明することを義務付けるようにして欲しい。
因みに私は脳死は人の死ではないが、臓器提供の意思を表明している人のみ、脳死を人の死とする、しか選択できない。
- そこまで
- 2009/06/21 10:59 AM
- 脳死者は弱者なんてのは論外でしょう。
今の論点は 死の定義(臓器移植に関する場合ですけど、医療関係者にすれば大問題でしょうが)です。脳死か心臓死か また、別の状態を死と定義するかの問題でしょう?
弱者だから助けろって・・・私の理解力を超えています・・・
あぁ 死んでても弱者だから年金は遺族に出し続けろって事ですか?(嫌味)でも、そうゆう事にもなりかねませんよ? 今の心臓死だって脳は生きているから 死んでないって言われても説得力はありますしね。これを言い出したらキリがありませんよ。それに主義とかならいいが 法律としてはラインを引く行為は絶対でしょうしね。
- pp
- 2009/06/21 05:03 PM
- 「脳死かどうかちょっと微妙だけど、待っている人がたくさん居るから脳死にしよう」
脳死が弱者…というのは、上のようなことが起こる可能性があるからではないでしょうか。
脳死判定に誤りがあれば、「生きたまま臓器を取り出される」ということが起こる可能性があります。
本人の意思とは関係無しに。
- 梟の目
- 2009/06/21 05:32 PM
- >「脳死かどうかちょっと微妙だけど、待っている人がたくさん居るから脳死にしよう」
これは法律の云々というより、判断する側の問題では?
脳死と言い切れないなら、脳死ではないわけで。
だって死んでるか微妙だからって、死亡扱いはしないでしょ?
- テンマ
- 2009/06/21 06:03 PM
- 脳死を人の死とする。回復可能性の問題はありますが、これ自体は納得します。
しかし、この話と死者による臓器提供は根本的に全く別のものとして考えなければならないと思います。
臓器提供に必要なことは本人の意思だと思います。
私は、自分の家族や愛する人が脳死となり死亡を宣告されても本人が意思を表明していない限り、血の一滴ですら他人にやりたいとは思いません。
A案は脳死と判断されれば本人の意思に関係なく他人のための部品として扱われる可能性があります。
死者の尊厳とは何なのでしょうか?この点についてA案は賛成できかねます。
本人の意思は子供であっても確認すべきです。
子供の意思表示が民法上無効と判断される可能性はありますが、そこは特別法で解決できるでしょう。
意思表示すらできない乳幼児については残念ながら意思確認手段がないので禁止にせざるを得ません。
したがって、私の考えでは大人も子供も臓器移植の道は狭くなりますが、そもそも提供する側にその義務はありません。
あくまで本人の意思次第です。
海外での移植手術に対する批判はごもっともですね。禁止に賛成です。
臓器提供を待つ方には酷ですが、日本人は日本でというのが正しいでしょう。
結果的に、臓器提供は本人の意思が必須、乳幼児は禁止、海外での移植禁止という非常に厳しい論になりました。
国内で臓器提供への意識を高めるキャンペーンが必要です。
あと専門的なことは分かりませんがips細胞等人口臓器の技術が早く実用段階になることを切に望みます。
とまぁ世の流れに猛反発ですがこんな意見もある、ということで。長文失礼しました。
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