[2] 集団自決教科書問題で玉虫色決着(付:各教科書記述変遷)

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やす
2008/01/22 06:11 PM
日大教授・秦郁彦氏の論文にある「集団自決死は痛ましい史実に相違ないが『尊厳死』の一種ととらえ、それなりの敬意を払う」という言葉に共感する。サヨクはこれを戦争美化と批判するが、日本人の心の中には「尊い死」という観念が確かにある。そうでなければ、「赤穂義士」を何百年も語り継ぎ、忠義や忍耐、あだ討ちを密かにたたえたりはしないはずではないか。あだ討ちなど、今風に言えば暴徒のテロ行為だ。だが、生き方として日本人は力に訴えてでも成し遂げなければならないことがあるのを知っている。そして天命に従い、潔く死を受け入れることも。
 西洋にも似た話がある。テキサス独立戦争時の「アラモの砦」のエピソードだ。わずか百数十人で5000人のメキシコ軍に抵抗し、玉砕した。大半の米国民はデイビー・クロケットら先人をヒーローとして見なす。当時、テキサスがメキシコの領土だったにもかかわらず、アラモを死守しようとした。他国の領地に勝手に住み着き、わがものにしようとしたが、メキシコ軍に包囲され、撃退された。因果応報の話だが、米国民は死を恐れず、不利な戦いに挑んだことを英雄的な行いとして賞賛している。それについて他国のわれわれがとやかく言うことではない。恐らくメキシコではこの出来事を別の形でとらえているに違いない。
 沖縄戦で命を落とした人たちを英雄として語り継ぐことがなぜできないのか。今、沖縄で暮らしている人たちは戦争の犠牲者、かわいそうな人々として戦死者を意図的に貶めている。なぜなら、彼ら生き残りは「英雄になれなかった」連中の末裔だからだろう。死者を持ち上げることは、自分たちを卑しめることになると考えているからではないか。参加者数捏造集会で中学生か高校生らしき子供が「うちのおじい、おばあが嘘つきと言うのですか」と訴えているテレビ映像を見た。そこがポイントなのではないか。戦死者を貶めても、生きている者を辱めることは許さない、というちっぽけなプライドが垣間見える。彼らは戦死者を貶めることが、結局自分たちを貶めていることに気付かない。いや、戦死者の尊厳を傷つけていることにも気付こうとしない。勇敢に戦い、潔く死を受け入れた英雄たちを認めることは、臆病で意気地なしの生き残りという存在を際立たせる。自分たちがそのように見られることを恐れ、日本軍の軍命で大日本帝国の犠牲になった「沖縄人」を演じ続けてきたのではないか。
 それを擁護する反日マスコミは本土と沖縄の反目と分断を画策しているのかもしれない。何より沖縄の領有権を歴史上の事実(もちろん捏造)として教科書に載せている支那共産党が喜ぶから…。

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[Serene Bach 2.04R]