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外国人から見た日本と日本人(20)

 このシリーズの一覧(人物名と国名)を作ってあります。
 【一覧】外国人から見た日本と日本人

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 「外国人から見た日本と日本人」。第20弾です。
  
 今回も有名な人、さほど有名でない人、戦争に関連するもの、関連しないもの、新しいもの、古いもの、各種取り混ぜております(敬称略)。
 
 
イザベラ・バード=イギリス人。1878年(明治11年)以降、日本各地を旅した。当時の女性としては珍しい旅行家で、世界の広範な地域を旅行。1894年(明治27年)1月から1897年(明治30年)3月にかけ、朝鮮にも旅行している。
「朝鮮紀行—英国婦人の見た李朝末期」より
日清戦争についての記述


 一八九四年九月一五日の午後、左将軍(清国軍の将軍)は奉天出発時の五〇〇〇人から脱走したり死んだりで隊員の大幅に少なくなった軍を率いて最後の出撃を行った。七星門をくぐり、急勾配の坂を平野に向かってジグザグにくだり、そして門からおそらく三〇〇ヤードと離れていないところで斃〈たお〉れたのである。

 朝鮮人の話によれば、部下が将軍の遺体を運びだそうとしたが、その途中で銃撃に遭い、あとにつづいた修羅場で遺体はどうなったかわからないという。将軍が斃れたと思われる地点にはまわりに柵をめぐらした端正な碑が日本人の手で立てられており、その一面にはこう記してある。
  <奉天師団総司令官左宝貴ここに死す。>

 またべつの面にはこうも記してある。
  <平壌にて日本軍と戦うも、戦死。>
 敵軍の名将に捧げた品位ある賛辞である。

〈中略〉城内の小高い丘の上に、日本人は戦没者一六八名の慰霊塔を建てた。《軍神堂》を病院に変え、日本人負傷兵はいうまでもなく手厚く看護されたし、また清国軍負傷兵も、当然その多くが負傷がもとで死んでしまったあとであるとはいえ、べつの建物できめ細かな看護を受けた。

エセル・ハワード=イギリス人。1865年(慶応元年)生まれ。1895年(明治28年)ドイツ皇帝のウイルヘルム二世の皇太子と弟妹の英語の家庭教師となる。1901年(明治34年)来日し島津家へ入り、30代当主・忠重公と4人の弟たちの家庭教師を1908年(明治41年)まで務めた。
「明治日本見聞録 英国家庭教師婦人の回想」(1918年出版)より

 屋敷(引用者注:ハワードが7年間暮らした永田町の島津邸)の回りには広々とした気持ちのよい庭があったが、芝生は枯れきっていて、花壇は一つもなかった。この庭は家具同様に、子供向きに設計され、もっぱら気晴らしの場としてつくられたものだった。その隣には鞍馬やブランコのある大きな運動場があった。

 ある朝、窓から外をのぞくと、芝生のあちこちに数人の背の低い老婆たちがいるのが目に入った。彼女たちは青い木綿の手拭いを頭に巻いていたが、それは色褪せた青い着物とよく釣り合っていた。そして、膝をついたまま、笑ったりお喋りしたりしていた。一体全体、何をしているのだろうと私は思った。彼女たちは草取りで、めいめい鋏(はさみ)を持ち、草を刈ったり雑草をむしったりしているのだとわかった。後で聞いたことだが、日本では草取りを年取った女たちの仕事に任せるのがごく当たり前のことで、まるで遊んでいて、何も仕事をしていないように見えたが、そう思ったのは間違いだったと悟った。彼女たちの仕事の出来映えは、まるで魔法を使ったかのように見事だった。

 よく注意してみると、仕事に対するこの一風変わった態度は、日本人の国民性であり、路上や建物内やその他の造営物の中で働く人々全部が、ただぶらぶらしたり、ぼんやりして怠けたりしているように見えた。東京に高架鉄道が建設されることになったとき、私はその仕事振りをみて、一体いつになったらでき上がるのだろうかと思った。しかし、しばらくするうちにわかったことは、進捗は遅々たるものであっても、結果は良好であり、いつまでたってもできそうにないと思ってがっかりした後で、ある朝起きてみると、全く突如として、予期もしなかったうちにでき上がってしまっているのである。

 この年取った草取り婆さんの場合も同じことだった。その賃金は微々たるものだったが、お茶や煙草は飲み放題になっていたので、食事代わりにしているのではないかと思ったほどだった。

朴贊雄(パク・チャンウン)=韓国人。1926(大正15年)京城(現ソウル)生まれ。1939年(昭和14年)京城師範学校付属第2小学校卒業。1945年(昭和20年)旧制京畿中学卒業。その後ソウル大学法学部、ニューヨーク大学行政大学院を卒業。1951年(昭和26年)から1954年(昭和29年)まで陸軍通訳将校として朝鮮戦争参戦。延世大学講師や仁荷大学副教授などを経て、1975年(昭和50年)カナダに移住。トロント韓国民主社会建設協議会を設立。著書に「朴正熙、全斗煥の乱」などがある。戦後、韓国の民主化を追求し続けた知識人。2006年5月死去。
「日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想」より

 当時朝鮮は日本の植民地になったおかげで、文明開化が急速に進み、国民の生活水準がみるみるうちに向上した。学校が建ち、道路、橋梁、堤防、鉄道、電信、電話等が建設され、僕が小学校に入るころ(昭和8年)の京城(けいじょう=現ソウル)は、おちついた穏やかな文明国のカタチを一応整えていた。

 日本による植民地化は、朝鮮人の日常の生活になんら束縛や脅威を与えなかった。これはなんでもないように見えるかもしれないが、独立後の南韓(韓国)・北朝鮮における思想統制とそこからくる国民一般の恐怖感と比べるとき、かえって南北朝鮮人は終戦後の独立によって、娑婆の世界から地獄に落ち込んだのも同然であった。

朴贊雄(パク・チャンウン)=韓国人。1926(大正15年)京城(現ソウル)生まれ。1939年(昭和14年)京城師範学校付属第2小学校卒業。1945年(昭和20年)旧制京畿中学卒業。その後ソウル大学法学部、ニューヨーク大学行政大学院を卒業。1951年(昭和26年)から1954年(昭和29年)まで陸軍通訳将校として朝鮮戦争参戦。延世大学講師や仁荷大学副教授などを経て、1975年(昭和50年)カナダに移住。トロント韓国民主社会建設協議会を設立。著書に「朴正熙、全斗煥の乱」などがある。戦後、韓国の民主化を追求し続けた知識人。2006年5月死去。
「日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想」より

 日本は韓国合併後、1916年の京城高等工業を手始めに高等商業、法学専門、京城師範、京城女子師範、医学専門、歯学専門、薬学専門、水原高農、鉱山専門等を矢継ぎ早に設立し、1924年には京城帝国大学を設立した(当時、日本の帝大は全国で東京、京都、福岡、仙台、札幌の5校のみであった)。

 ちなみに終戦後、1946年に米軍政下で設立されたソウル大学は、日帝時代に日本の技術と資本で建てられ、日本人教授らによって運営された、上記の学校を一つにまとめて朝鮮初の総合大学に仕上げたものであり、それまでに理工系の高等教育機関は皆無に等しかった。これを見るとき、韓国の教育の淵源は日本にあったと言って過言でない。

 総督府が設立したこれら高等教育機関が輩出した卒業生達が、朝鮮近代化の尖兵となったのは議論の余地がない。卒業生中、日本人に対する朝鮮人の比率はたいてい20%前後にすぎなかった。

 朝鮮人は終戦と同時に朝鮮在住日本人全員(推計80万人、全人口の約3パーセント)の全財産を没収して日本に追い払った。これは法的にも、社会的にも、経済的にも、暴挙の極みだったと僕は思っている。しかし当時の(今も同じことだが)朝鮮人の知能と徳能から、これ以上を期待するのは無理であろう。

 今彼らの全財産を没収するのは小気味よいかもしれないが、それは後で大きなタタリとなって返ってくるはずだ。(終戦から)5年後に起こった朝鮮戦争もそのツケの一部であるかもしれない。

朴贊雄(パク・チャンウン)=韓国人。1926(大正15年)京城(現ソウル)生まれ。1939年(昭和14年)京城師範学校付属第2小学校卒業。1945年(昭和20年)旧制京畿中学卒業。その後ソウル大学法学部、ニューヨーク大学行政大学院を卒業。1951年(昭和26年)から1954年(昭和29年)まで陸軍通訳将校として朝鮮戦争参戦。延世大学講師や仁荷大学副教授などを経て、1975年(昭和50年)カナダに移住。トロント韓国民主社会建設協議会を設立。著書に「朴正熙、全斗煥の乱」などがある。戦後、韓国の民主化を追求し続けた知識人。2006年5月死去。
「日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想」より

 朝鮮人の名前を見ただけでは、日本人と区別がつかないようにしようとしたのが、南総督(南次郎総督=昭和11〜17年)の創氏改名の基本的なアイデアであった。それで朝鮮人の元の姓は戸籍上に残しておきながら、戸主が新たに氏を創設して、名乗るときには姓の代わりに氏を名乗るよう決めたのである。

 名前の付け方も朝鮮人は日本人と全然違う。それで名前も、この機会に日本式に変えるよう奨励した。こうすると、その名前だけでは朝鮮人と日本人の区別がつかなくなり、それだけ両民族が近づいたことになると考えたわけだ。僕はこれを、南総督の好意から出た発想であると受けとめる。朝鮮文化の抹殺を図る陰謀や悪意からきた仕業だとは考えない。

 日本植民地時代から今に至るまで、日本に居住する朝鮮人らは通名という日本名を持って暮らしている。これは日本政府が決めたのではなく、韓国人が自ら望んでこの通名制度を認めてもらっているものであり、これもあからさまな差別を避けるためのものでもある。

 植民地時代の、朝鮮在住朝鮮人らは、当時このような通名を自ら望んだのではないけれど、この創氏改名制度に反対もしなかった。地方によっては、ある程度強制されたところがあったかもしれないが、京城では洞会(洞事務所)や学校などから強勧されたというハナシは聞いていない。それでも韓国人らは80〜90パーセントほどが進んで創氏改名に応じた。創氏改名をすれば外見上、日本人と韓国人の区別はつかなくなるが、戸籍の上では元の姓はちゃんと残っているのだから、姓を奪われたという非難は当たらない。

〈中略〉日本の朝鮮統治35年間の中、その後半期になってからは朝鮮人間に反日感情はなかった。家庭で親が子に対して「日本は悪者だから、お前達がしっかり頑張って、朝鮮の独立を勝ち取らねばならぬ」と諭した者はただの一人もなかったと思う。すべての親は子供らに、学校でよく勉強して、いい学校を卒業して、いい職場につくことのみを願っていたはずだ。

 記録によると、昭和14年12月に創氏改名の手続きが発表されている。昭和15年2月11日から創氏改名の届け出を受け付け、同年9月17日までに創氏を届け出た者が全朝鮮の79パーセントに及んだとなっている。79パーセントどまりになったのか、その後も引き続き届け出を受け付けたのか不明だが、僕が中学校を卒業した昭和20年3月現在の状況から推測するに、全朝鮮の80パーセントないし90パーセントが創氏をしたと思われる。僕の知る限りにおいて創氏を強要された例はない。

 現に僕の母方の呂運享(ろうんきょう)家は創氏改名していない。朝鮮共産党の大物として戦後、僕憲永ともども北朝鮮入りした李康国(後でこの二人はアメリカのスパイという濡れ衣を着せられて処刑された)家や、日本の貴族となった僕泳孝侯爵や趙重応子爵家も創氏改名しなかった。総督府当局が彼らに何らの不利益を着せることもなく、また親戚や友人の間で白眼視されるとか英雄視されることもなかった。

 現在の韓国国民は、時の朝鮮総督府が朝鮮人全体に対し、創氏改名を強要して、100パーセントの朝鮮人がその強要に屈して創氏改名せざるを得なかったと心得ているようだが、これは事実と違う。実際は、国民間に反日感情は全然見当たらず、総督府の措置に対して何ら反抗心を持たずに当然の如くこれに応じたのだった。

ダン・ローデン=アメリカ人。ラトガース大学教授。
「SAPIO」2002年9月25日号 クリスティン・リー【日韓の植民地政策研究は政治やイデオロギーに振り回されてきた】より
在米の韓国人女性研究者で米ポートランド州立大学教授であるリー氏が、博士論文の主題について日本が朝鮮半島を植民地支配した時代の教育と女性問題について研究したい旨をローデン教授に説明した時、返された言葉


 「日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている問題をいまさらどうして研究するのか

 「文明のシステムを、日本のコロニアリズム(植民地主義)は朝鮮半島に導入したのではないか。スペインやアメリカ、イギリスは日本のように本国と同じような教育システムを植民地に導入しようとはしなかった。当時の朝鮮半島の人々は、文明のシステムを独自の力で導入するのに失敗した。日本のコロニアリズムを経ずに、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか

 「日本の植民地支配を非難する韓国人の留学生の一人が、自分の父親が東京帝国大学出身であると自慢げに話した。これは、暗黙のうちに日本が導入した文明のシステムを評価していることになる。本来なら、東京帝大を卒業した父親を非難すべきではないか」

※この時、リー氏は別の経済学専攻の教授からも「植民地化された国家の中で韓国と台湾ほどに発展した国家はない。アメリカやイギリスの植民地で、台湾や韓国ほど発展した国があるか」と言われたそうです。リー氏は「当然韓国の側に立ってくれると思った第三者のアメリカ人学者の発言は、ショックでした」と、この論文で打ち明けています。

キミオ・アイセク=ミクロネシアのトラック諸島(第二次大戦終結まで日本に統治されていた)生まれ。「ブルーラグーンダイブショップ」の創設者でトラックの沈船ダイビングを世界に広めた。戦時中は日本の海軍や陸軍で働いた。故人。
「正論」2010年9月号 末永卓幸(トラック島在住・ツアーコーディネーター)【秘話・トラック島に残された六十五年目の大和魂】より
末永氏に語った言葉


 こうして仕事ができたのも全部、日本人のおかげなんだ。ダイトーア(大東亜戦争)の時は本当に大変だった。食べ物も無かったし、仕事もとってもきつかった。でもあの時私は、日本の兵隊さんにいろいろな仕事を教えてもらった。あの時の事は一生忘れないよ。日本人の気持ちは私の気持ち。私はいつも日本人の兵隊の気持ちで仕事をしている。ヤマトダマシイだね。

※アイセク氏は晩年、来日し、軍隊時代の隊長を訪問。その際、歩く事もままならぬ不自由な足にもかかわらず、直立不動の姿勢で隊長の前に立ち続けたそうです。

ヨシュア・スガ=ミクロネシアのトラック諸島(第二次大戦終結まで日本に統治されていた)生まれ。夏島(現トノアス島)の公学校(現地の子供たちが通い、日本人教師による日本語教育や躾が行われた)を5年で卒業。卒業後は日本人の判子屋で働き、戦争が激化し主人が帰国したあとも判子屋を支えた。戦後は現地の高校教師となった。2010年現在85歳。
「正論」2010年9月号 末永卓幸(トラック島在住・ツアーコーディネーター)【秘話・トラック島に残された六十五年目の大和魂】より
末永氏に語った言葉


 私たち年寄りは、日本時代が一番好き。若い人は私達の話を聞いて、そうか、日本人はよく叩くのかと言います。本当です。悪い事をしたら叩きます。悪い事をしないようにです。だから日本時代は良かった。学校でもそうだった。遅刻する。悪い事をする。そんな生徒はいつも罰があった。厳しいと思ったけど、それは仕方がない。罰を受ける。今度は遅刻しない。もう悪い事はしない。

マハティール・ビン・モハマド=マレーシア人。1925年(大正14年)生まれ。エドワード7世医科大学卒。在学中の1946年、統一マレー国民組織(UMNO)の発足に携わり政治活動を開始。1981年(昭和56年)から2003年(平成15年)10月まで首相在任。欧米諸国ではなく日本の経済成長を見習おうというルックイースト政策をはじめ、長期に及ぶ強力なリーダーシップによりマレーシアの国力を飛躍的に増大させた。来日が50回を超える親日派だが、日本らしさを失いつつある最近の日本への批判も忘れない。
「SAPIO」1999年4月14日号 大前研一 【マハティール首相『日本援護』演説をいかに受け止めるか】より
1992年10月14日香港にて行われた欧州・東アジア経済フォーラムにおける、いわゆる「日本なかりせば」演説


 過去のヨーロッパ中心の世界では、東アジアとはすなわち極東だった。そして極東は、異国情緒あふれる中国と竜のイメージ、お茶、アヘン、高級シルク、風変わりな習慣を持った珍しい人々など、奇妙で神秘的な印象を思い起こさせる場所だった。
 
 いまや極東は東アジアになり、気の毒だがヨーロッパのロマンチストの興味の対象は減った。その代わりに政治家エコノミスチの関心の的になっている。ヨーロッパがアジアに対して懸念を抱いている事実は、この地域が、すでに今世紀前半の日本軍国主義以上に深刻な脅威になっていることを示唆している。こうした見方の底流には、不信感と恐怖がある。その理由は、東アジアの人々が自分たちとは異なっている、つまりヨ一ロッパ人ではないという点にある。

 そのため、第2次大戦後の枢軸国であったヨーロッパのドイツとイタリアが平和国家となって復興、繁栄するのは応援、歓迎されたのに、同じように平和国家となった日本と極東の「小さな日本」の経済発展はあまり歓迎されないように見える。

 それどころか、ヨーロッパとヨーロッパ社会を移植したアメリカはともに、さまざまな手段を使って東アジア諸国の成長を抑え込もうとしてきた。西側の民主主義モデルの押しつけにとどまらず、あかろさまに東アジア諸国の経済の競争力を削ごうとしてきた。

 これは不幸なことである。東アジアの開発アプローチから世界は多くのことを学んできた。日本は、軍国主義が非生産的であることを理解し、その高い技術とエネルギーを、貧者も金持ちも同じように快適に暮らせる社会の建設に注いできた。質を落とすことなくコストを削減することに成功し、かつては贅沢品だったものを誰でも利用できるようにしたのは日本人である。まさに魔法も使わずに、奇跡とも言える成果を創り出したのだ。

 日本の存在しない世界を想像してみたらよい。もし日本なかりせば、ヨーロッパとアメリカが世界の工業国を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか作れない製品を買うために、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう。

〈中略〉また、日本と日本のサクセス・ストーリーがなければ、東アジア諸周は模範にすべきものがなかっただろう。ヨーロッパが開発・完成させた産業分野では、自分たちは太刀打ちできないと信じ続けただろう。東アジアでは高度な産業は無理だった。せいぜい質の劣る模造品を作るのが開の山だった。したがって西側が懸念するような「虎」も「竜」も、すなわち急成長を遂げたアジアの新興工業経済地域(NIES)も存在しなかっただろう。

 東アジア諸国でも立派にやっていけることを証明したのは日本である。そして他の東アジア諸国はあえて挑戦し、自分たちも他の世界各国も驚くような成功をとげた。東アジア人は、もはや劣等感にさいなまれることはなくなった。いまや日本の、そして自分たちの力を信じているし、実際にそれを証明してみせた。

 もし日本なかりせば、世界は全く違う様相を呈していただろう。富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しくなっていたと言っても過言ではない。北側のヨーロッパは、永遠に世界を支配したことだろう。マレーシアのような国は、ゴムを育て、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けていただろう。

 このシナリオには異論もあるかもしれない。だが、十分ありうる話である。日本がヨーロッパとアメリカに投資せず、資金をすべて国内に保有していたらどうなるかを想像すれば、その結果は公平なものになるのではないだろうか。ヨーロッパ人は自国産の製品に高い価格を支払わねばならず、高級なライフスタイルを送る余裕がなくなるだろう。

ベン・アミー・シロニー=1937年(昭和12年)ポーランド生まれ。両親と共に旧ソ連で終戦を迎え、ドイツ難民キャンプでの2年間の生活を経て、1948(昭和23年)年にイスラエルへ移住。エルサレム・ヘブライ大学で歴史・哲学を専攻。日本の国際基督教大学に留学後、1972年(昭和47年)、ヘブライ大学東洋学部教授に就任。1991年(平成2年)、米ハーバード大学客員教授に就任。
「SAPIO」2006年2月8日号【世襲制度の改革より天皇制への無関心をなくすことが急務だ】より

 現在世界に残された皇帝はただひとり、日本の天皇である。帝国でなくなってから60年が経っているにもかかわらず、日本には天皇制が残っている。しかしこの地位はいま、廃絶の危機にさらされている。廃絶されれば、それは日本だけでなく世界の損失になるだろう。なぜなら歴史を通じて日本を特徴づけてきたこの制度は、他の王制とは異なるものだからだ。

 現在の皇族の祖先がいつ皇位に就いたかは誰も知らない。だが神話が伝える紀元前660年という年代はさておき、少なくとも日本国家が始まった、紀元後の最初の1000年間の半ばからは、同じ一族が日本を統治してきたことは認めねばならない。現代の世界において、このような例は他に見られない。この驚くほどの継続性について説明をつけることは難しい。日本の歴代天皇は、具体的にはほとんど何もしていないに等しいからだ。

 軍事的、政治的な権力をふるったわけでもなく、並外れた人物であったわけでもなく、卓越した知識や超自然的な能力を持っていると主張したわけでもない。まだ幼いころに皇位に就く場合もある一方で、半数ほどは(存命中に)退位している。天皇たちは通常、宮廷の貴族や軍司令官、高位の政治家や顧問に操られていた。だが、これらの権力者が、他の国であったように、力のない君主に取って代わろうとしたことはなかった。個々の天皇の弱さは、天皇制の永続性とバランスがとれていた。

 さらには、14世紀に約60年間続いた南北朝時代を除いて、皇室が互いに敵対する家に分かれたこともなく、この短い時代を除いては、どの時代にも天皇はひとりしかいなかった。この権力と権威の分離が、歴史を通じて日本の国を特徴づけてきた。

 一方で、無力でありながら神聖な天皇は、役に立たないお飾りではなかった。天皇は日本という国の統合と継続を保証した。そのおかげで内戦の時代にも日本は別々の国家に分断されることがなかった。天皇は、国家が崩壊することなく大きく変わることを可能にするメカニズムを提供していたのである。その最も顕著な例が明治維新だろう。

アービン・ブランドン=アメリカ人。ワシントン地区で育つ。現在30代前半。職業は要人警護のSP。「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」に通う。柔道3段。黒人の名門校のハワード大学を卒業してすぐ22歳でJET*1に応募。英語指導助手として1999年(平成11年)からの3年間、岩手県の一関市近くの公立小中学校で英語を教えた。
産経新聞2010年6月26日付国際面【緯度経度】ワシントン・古森義久「JETは日米交流の成功例」より

 「岩手の3年間で日本の敬老の精神や他者への寛容、そして調和について学び、黒人である私の祖父母の価値観ともそう異ならないと感じました。日本社会では『出る杭(くい)は打たれる』という暗黙の鉄則もあると聞き、当初は注意したけれど、岩手の人たちは私のような外部からの人間の意見にも耳を傾けてくれました」

 「(人種に絡む反応について)私自身が注目を浴びたことは間違いないが、ネガティブな対応がまるでないのは驚くほどでした

 「日本の武士道の精神を自分なりに学び、いまの警護の職務にも生かしています。日本での体験全体が私の人間形成に測りしれないほど役立ちました。最大の教訓は、日米が異なる文化にみえても両国民の人間レベルの核心は驚くほど共通していると実体験したことでしょうか」

*1 JETとは、日本の政府が各地方自治体と協力して、米国などの若い男女を英語教員として招く「語学指導などを行う外国青年招致事業」のこと。1987年に始まり、最大対象は米国だった。いまでは日本が招く若者たちの国の数は36にまで増えたが、これまで滞日した合計約4万4千人のうち約2万5千人が米国人である。そのなかには、ブッシュ政権の国家安全保障会議アジア上級部長となったマイケル・グリーン現ジョージタウン大学教授や、日本政治の研究で知られるレオナード・ショッパ・バージニア大学教授も含まれる。だが、民主党の菅政権はいまやこのJETプログラムを廃止すべきだとして、「事業仕分け」の対象にあげたのだという。

金美齢=台湾人。1934年(昭和9年)台北生まれ。日本統治下の台湾で育ち、日本敗戦後国民党による台湾人弾圧時代を経験。1959年(昭和34年)日本に留学後、台湾民主化運動に参加。このため30年間以上も台湾の土を踏むことができなかった。多くの大学で講師を歴任。1988年から2000年までは学校法人柴永国際学園JET日本語学校校長も務めた。台湾の民主化が進んだ後、2000年から2006年まで総統府国策顧問。日本滞在期間50年。2009年9月、日本に帰化。
「正論」2010年1月号 金美齢【独占手記 滞日50年、「二つの祖国」のはざまで 私はなぜ日本国民となったか】より

 私は自分の経験に照らして、とくに若者に対し「日本国」のパスポートに深く感謝しなさいと言いたい。

 一国のパスポートは身分証明書であり、外国に出たら「最後の頼みの綱」である。その頼みの綱を失ったとき、私は個人にとっての国家がいかに大切であるか、個人は国に守られて生きているということを肌で感じた。台湾(中華民国)のパスポートではどこに行くのにもビザ(査証)が必要になるが、パスポートがなければビザの申請自体を受け付けない国がたくさんある。

 日本のパスポートは世界のほとんどの国にビザなしで入れる。この凄さを認識している日本人(国民)はいったいどれほどいるだろうか。パスポートはその国の国際社会におけるポジションを示す。日本人はミシュランガイドの星を有り難がるよりも前に、日本のパスポートが三つ星どころか五つ星と言えるほどの実力を持っていることを、つまりそういう国に生まれたことを感謝すべきなのである。

 ところが、そんなパスポートを持っている日本人の多くが、いま享受している諸々は先人たちが営々と築いてくれた遺産の上に成り立っていることを認識できず、国の恩恵、保護を忘れて、自分の国を蔑み、貶めようとしている。私に言わせれば、そんな日本人は日本のパスポートを持つ資格はない。即刻返上すべきである。

リリア・デマルティニ=ペルー人。1970年(昭和45年)生まれ。来日後日本語学校で勉強した後、上智大学に入学。卒業後、筑波大学で修士課程を収め、博士課程も修了。その間に結婚、出産。日本滞在期間16年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!—外国人54人が語る」より

 ときどき、「ペルーに帰りたいと思ったことはないの?」と聞かれますが、忙しすぎてそんなことは考える余裕もありませんでした。でも、私が今までやってこられたのは、よくしてくれる親切な日本人が絶えず私の周りにいてくれたからだと思います。

 私の叔母は、日本人と結婚して日本に住んでいるのですが、その叔母の友人の日本人の方は、私の保証人になってくれたり、上智大学のことを教えてくれたり、仕事がないというと、場所やら生徒やらを手配してくれて、私がスペイン語の先生として働く場を作ってくれたりしました。また、仲良くなった八百屋さんの夫婦は、部屋を使ってもいいと言ってくれたり、しょっちゅう食事に連れて行ってくれたりしてお世話になりました。さらに、名古屋で家探しをした時には、古くてもいいから2DKの部屋がいいと言ったら、大家さんは、自分が住もうと準備していた部屋の鍵を奥から大事そうに持ってきて、私に貸してくれました。

 そういう情の厚い日本人に支えられて、忙しいけれども居心地がよかったのだと思います。

 私には今、六歳の娘がいますが、受験して今春から私立の小学校に通っています。引っ込み思案だった娘が、受験を通して、見違えるようにたくましくなりました。日本は学びたい意志があって努力さえすれば、誰でもすばらしい教育環境で学ぶことができます。引きこもりだとかニートだとかと、言っている場合ではありません。こんなすばらしい環境を利用しない手はないのです。

モハメッド・アリ・サダト・レザイ=イラン人。1966年(昭和41年)生まれ。テヘラン大学で美術を学び、焼き物の商売を経験。26歳の時に晴海の見本市に自分の焼き物出展のため初来日。日本人には全く売れず、まず日本人を理解しなくてはと、英語教室の先生となる。現在ペルシャ・トルコ料理レストラン経営。日本滞在期間17年。
加藤恭子編「続・私は日本のここが好き!—外国人43人が深く語る」より

 私は焼き物の商売で十三カ国を回ってみて、日本ほど丁寧な国はないと思った。気持ちがやさしくて世界一丁寧な国だよ。ここまで丁寧な国に住んだら、もう他の国に住めないね。

 日本に来て一番驚いたのは、イランではイスラム宗教を通して教えられる、「盗まない」、「嘘をつかない」、「親を大事にする」、「他人と仲良くする」、とかの生き方の基本を、日本人は宗教がなくても身に付けて育って、イラン人以上に守っている。これはすごいと思ったね。この前、イランの友達に会った時に聞いたんだけど、国から偉い宗教家が日本に来て、イラン大使館で一緒にお祈りした時、その宗教家が「日本人はイスラム教でもないのに、真のイスラム教徒のようだ」って言っていた、と話していたよ。


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 この8月に出版された朴贊雄氏の著書【日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想】を購入しました。
 1926年に京城(現ソウル)で生まれた朴贊雄氏が、日本統治下で過ごした幼年期から終戦に至る青春の日々を回想した本です。

 当時の京城で営まれた穏やかな日常——医者や学校の先生など世話になった日本人の話(恩師の一人とは戦後に書簡のやりとりをしており、その内容も紹介されています)や、お祖父さんをはじめとする家族の話などがいきいきと描かれています。
 それは「虐政を施された植民地朝鮮」という、韓国や日本のサヨクが主張する光景とはかけ離れたものとなっています。

 また、朴贊雄氏は自身の体験をもとに、創氏改名、独立運動などの実際についても、率直、公正に語っています。
 日本(日本人)の悪かった面についてももちろん語られていますが、それよりは日本(日本人)を評価する記述が圧倒的に多いです。
 本のカバーの説明文には、「戦後教育によってつくられた、日韓併合に対する一面的な見方を克服し、真の日韓親善に繋がると信じて書き遺された、渾身の一冊である」と添えられています。

 主に1999年から2005年にかけて日本語で書かれた文章をまとめたものであり、翻訳本ではありません。韓国では出版されていないのが残念です。

 この朴贊雄氏の著書については、今後もこのシリーズで少しずつ紹介していきたいと考えていますので、お楽しみに!(^o^)


 ……というわけで、第21弾につづく……!!


※参考文献
・イザベラ・バード著「朝鮮紀行—英国婦人の見た李朝末期」(講談社学術文庫)
・エセル・ハワード著「明治日本見聞録 英国家庭教師婦人の回想」(講談社学術文庫)
・朴贊雄「日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想」
・「SAPIO」2002年9月25日号 クリスティン・リー【日韓の植民地政策研究は政治やイデオロギーに振り回されてきた】
・「正論」2010年9月号 末永卓幸【秘話・トラック島に残された六十五年目の大和魂】
小林よしのり&SAPIO部屋>特集!!「もし日本 なかりせば」マハティール首相「日本なかりせば」演説
・「SAPIO」2006年2月8日号 ベン・アミー・シロニー【世襲制度の改革より天皇制への無関心をなくすことが急務だ】
・産経新聞2010年6月26日付国際面【緯度経度】ワシントン・古森義久「JETは日米交流の成功例」
・「正論」2010年1月号 金美齢【独占手記 滞日50年、「二つの祖国」のはざまで 私はなぜ日本国民となったか】
・加藤恭子編「私は日本のここが好き!—外国人54人が語る」
・加藤恭子編「続・私は日本のここが好き!—外国人43人が深く語る」より

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日本と日本人 | comments (27) | trackbacks (1)

Comments

こんなにたくさん!
全部読みました。本当にもっともっと日本の歴史をちゃんと勉強しないといけないですね!!
wasiting time? | 2010/09/07 03:42 AM
まとめて読むと壮観ですね。
いつもお疲れ様です。
| 2010/09/07 06:24 AM
以前から閲覧させていただいておりましたが、はじめて書き込みます。

>ヨシュア・スガ氏
>若い人は私達の話を聞いて、そうか、日本人はよく叩くのかと言います。
>本当です。悪い事をしたら叩きます。悪い事をしないようにです。
>だから日本時代は良かった。
>・・・・・・(略)・・・・・・・・
>そんな生徒はいつも罰があった。厳しいと思ったけど、それは仕方がない。

スガ氏が個人的に「良かった」と回顧されることに何も言うつもりはありません。しかし、体罰はどうだろうかと思います。今からみれば、昔は叩き過ぎだったんでしょう。


>マハティール・ビン・モハマド氏
マハティールさんの言動については多分に(政治家の発言であるということ以上に)政治性を感じます。尤もだと思うところもありますが、先鋭的になりがちなのではないかという感じがします。


>リリア・デマルティニ氏
>誰でもすばらしい教育環境で学ぶことができます。
>引きこもりだとかニートだとかと、言っている場合ではありません。
>こんなすばらしい環境を利用しない手はないのです。

一言で言えばこの方が優秀な人であるということです。
教育環境についてはそのとおりだし、他国から見れば教育以外でもそのように言えるものが少なく
ないでしょう。ただ、ニートの問題は教育環境の問題ではありません。むしろ、景気を良くし(デフレ基調を脱却し)、成長軌道に乗せ、雇用が増える経済状況をつくれないことの方がより影響のある問題でしょう。
あと、引きこもりについてはこの場面で例に出すのが不適当です。
jgo | 2010/09/07 08:29 PM
jgo>
教育における体罰は叩きすぎるぐらいで丁度善い!「一罰百戒」の言葉が有る様に、周りにも罪を犯すことの恐ろしさを叩き込む以上、当然の策であろう。

マハティール氏の発言も、戦後様々な政策で不当に貶められた日本の惨状を正しく知れば、この発言は先鋭的でもなんでもない!!


引きこもりも,ニートも、生活保護受給者も「只の甘ったれであり国家の癌細胞」だろうが。
(生活保護受給者には身体障害など本当に止むを得ず需給させてやるべきものも居るがそんなのは極僅か)
故に常に例に出し糾弾するのは適切と断じる所存。
甘える暇があったら自分の身の程を弁えて仕事を探せばよいだけ。

大日本帝国万歳!!!
極右思想に栄光あれ!!!
unknown_protcol | 2010/09/07 09:13 PM
jgoさん
あなたのように今の価値観で善悪を決めつけたり、内向きにしか物を考えられない、そういった点に日本の今の病巣の深層があるのじゃないかと感じます。
H | 2010/09/07 09:35 PM
jgoさんのような方が恐らくは沢山日本におられて、日本の素晴らしい面を貶め、若者の心を蝕み、社会を暗くさせているのでしょうね。客観的に物事を見ることと今まで不正確または捏造されてきた事実を正すことは決して矛盾しないと思います。

朴贊雄氏は後にトロントに移民したようですが…。やっぱり本国には希望がなかったんでしょうね。荒木正博によると「韓国の教育は日教組が右翼に見えるくらい凄い」そうですから。心ある韓国人を国外に排斥させてしまう国に希望はないですね。

それにしても!カナダって最近中国と韓国からの移民が激増してるんですよね〜。そのうちSecond ChinaかSecond Koreaにならないかと心から心配してます(汗)。
全くなんであの国々だけ世界中を浸食するんでしょうかね。
おれんじ | 2010/09/07 10:31 PM
追伸。

愛情がなくただ叩けば恨みだけが残るでしょう。叩くだけでなく相手への思いやりや優しさがあったからこそ、お年寄りの皆さんは懐かしがっておられるのだと思います。

イランのおじいちゃんおばあちゃんだって孫が悪いことをすれば叩いたしますし、いい加減戦後の日教組価値観で全て判断するのはやめてもらえないでしょうか。
おれんじ | 2010/09/07 10:36 PM
>jgoさん

マハティール氏に関して、「政治家の発言であるということ以上に」の言わんとするところが判然としませんが、海外の多くの政治家が日本について公式の場で様々な発言をしており、そこには政治的要素があって当然です。むしろマハティール氏が何故そのような場で日本を高く評価する発言をしたのかを、我々日本人は洞察してみるべきでしょう。

日本に生まれ育ったが故に我々が気づきにくい日本という国について(過去の日本の歴史から始まり現代の日本社会の在り方まで)、第三者として客観的に見た外国人が気づかせてくれるところに、このコーナーの意義があると思います。今の我々の感覚で、体罰がどうだ、引きこもりがどうだ、外国人は判っちゃいねえな、と難癖をつける前に、まずは素直に彼らの生の言葉を受けとめてみませんか?
一刻 | 2010/09/07 11:08 PM
>H さん
 レスどうも。
>今の価値観で善悪を決めつけたり
あなたは例えば戦前のことを論じるとして、当時の価値基準(法律も含む)から言っても今と同じように善悪判断できることに出くわした場合異常な抵抗を覚えるのではないですかね。特に悪だと断じなければいけない場合は。

>内向きにしか物を考えられない、そういった点に日本の今の病巣の深層があるのじゃないかと感じます。
この言葉は貴方にお返しした方が良さそうです。何かに閉じこもっている間は問題があっても解決をはかることは困難でしょう。
jgo | 2010/09/08 12:03 AM
>おれんじさん
 レスどうも。
>客観的に物事を見ることと今まで不正確または捏造されてきた事実を正すことは決して矛盾しないと思います。

これはそのとおりです。
ただし、その方が客観的に見ることが出来ればの話ですが・・・。


>戦後の日教組価値観で全て判断するのはやめてもらえないでしょうか。

この部分には正直笑いました。自分は日教組に疑問を抱かない人から(ウヨクだの右だの言って)批判されることがあるもので。
jgo | 2010/09/08 12:07 AM
>一刻 さん

>そこには政治的要素があって当然です。
>むしろマハティール氏が何故そのような場で日本を高く評価する発言をしたのかを、我々日本人は洞察してみるべきでしょう。

お書きになってることはそうです。
で、その後何をおっしゃりたいのでしょうか?あえて書くならその続きでしょう。


>外国人は判っちゃいねえな、と難癖をつける前に、まずは素直に彼らの生の言葉を受けとめてみませんか?
既に知っていたものも(全部ではありませんが)あります。
受け止めた上で書いています。
それほど経験があるわけではありませんが、外国の方が自分に向かって言ったとしても、反論するときはすぐに反論しますので。
それと、こう言っては何ですが、自分は誠実さを売りにする気はありません。
jgo | 2010/09/08 12:11 AM
こんにちは。緊急のお願いです。

緊急拡散《中国の人口侵略は危険水域に達している!仙台や池袋だけでなく、京都と奈良が狙われています!》

http://mizumajyoukou.blog57.fc2.com/

緊急の要請が有りますので、宜しくお願いします。
〜〜一部転載〜〜


日本人は、戦後の歴史認識をすべて疑って見ないと日本を守ることが出来ない瀬戸際に立たされているところまで来ていることを自覚しなくてはいけないのです。

今回の中国の謀略は、中国の歴史認識に基づく謀略動向に目を光らせてきた小生には、先の先まですべて透けて見えております。

覚醒されていらっしゃるインターネットユーザーの皆様、
「中国人銅像寄贈問題」の白紙撤回を求めて、奈良県に要請をしましょう。


■奈良県への意見は、平城遷都1300年記念事業推進局に、FAXかメールで要請しましょう。
http://www3.pref.nara.jp/hodo/dd.aspx?menuid=12126
http://www.pref.nara.jp/dd_aspx_menuid-6354.htm
お問い合わせ広報広聴課
報道係  TEL : 0742-27-8325
広報紙係・放送制作係  TEL : 0742-27-8326
県民相談広聴係  TEL : 0742-27-8327
相談ならダイヤル  TEL : 0742-27-1100

奈良県HP:
http://www.pref.nara.jp/
総務部秘書課: 
hisyo@office.pref.nara.lg.jp
ご意見・ご提案フォーム:
http://www.pref.nara.jp/kensei/f_input.htm


★民主党政権下で、せめて覚醒している国民がしっかり一致団結して意思表示をしなくては、日本を守ることはできないでしょう。

それらに対抗する「旗」に、
『朝日新聞が報道した「日韓併合」の真実』を利用していただけることを願う次第です。
緊急拡散 | 2010/09/08 12:15 AM
朴贊雄さんの文章ご紹介ありがとうございます。
この本が産経抄で紹介されたのを見て、ずっと読んでみたいなと思ってたんですが、高いので躊躇してました。
さっき注文しました。
suga | 2010/09/08 12:34 AM
前にも似たような茶々松君がいましたねw
ここで紹介されてる日本擁護の言葉は虚像だとか何とか難癖つけて。
茶々松君でなければサイトの趣旨を理解できてない人でしょう。
他の方とのやり取りが全く噛み合っていないところを見ると後者かもねw
蒼々 | 2010/09/08 12:35 AM
>jgoさん

なぜ今ここで私が「あえて」そこまで述べなければいけないのでしょうか?
スレ違いもいいところですし、くっくりさんにもご迷惑でしょう。

その後の文章も何をおっしゃりたいのか意図が判りません。
一刻 | 2010/09/08 07:43 AM
>一刻 さん

>なぜ今ここで私が「あえて」そこまで述べなければいけないのでしょうか?
当方のコメに対し、レスを付けてきたのはあなた自身ですよ。分かってますか? あなたが「あえて」当方を指示して書き込んできたわけでしょ。このように答えるのなら、レスしてくる必要はなかったですね。当方はあなたが書いてきたようなことは分かった上でコメしていますよ。


>その後の文章も何をおっしゃりたいのか意図が判りません。
「意図」という程のものはありませんし、あったところであなたが知る必要もありません。
読めば分かるとおり、この↓文に対して述べたものです。
>外国人は判っちゃいねえな、と難癖をつける前に、まずは素直に彼らの生の言葉を受けとめてみませんか?

あなたは、意味がわらないとは書いてないわけですから、そのまま受け取ればよいのではないですか。「素直に彼らの生の言葉を受けとめてみませんか?」と書くぐらいですから、文の意味を理解することはワケないはずです。あなたの意に沿った内容でなければ理解できない、ということでもないでしょうからね。
jgo | 2010/09/12 03:09 AM
日本国籍はく奪:韓国籍の性人類学者が提訴
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100909k0000m040032000c.html
 朝鮮半島の領土権放棄を規定した1952年のサンフランシスコ講和条約発効に伴い
日本国籍を失った性人類学者のキム・ミョンガンさん(59)=韓国籍=が8日、
「法的根拠のない国籍のはく奪で『国民の要件は法律で定める』とした憲法10条に反する」などとして、国に日本国籍を有することの確認などを求めて東京地裁に提訴した。


キーボードを叩きながら眩暈と吐き気がしてきた・・・グロ注意!

■キム・ミョンガンのプロフィール
  http://www.kimmyonggan.com/profile.html

詳しくは「韓流研究室」でお願いします。
http://toriton.blog2.fc2.com/
国民 | 2010/09/12 10:03 AM
この本ですね。

手間のかかる作業、ありがとうございます。


【書評】『日本統治時代を肯定的に理解する』朴贊雄(パクチャンウン)著 (1/2ページ)
2010.9.11 07:44

http://sankei.jp.msn.com/culture/books/100911/bks1009110746001-n1.htm

>著者は「前途に希望が持てる時代」だったといい、「韓国史のなかで、これほど落ち着いた時代がかつてあっただろうか」と問う。

>これを公にするには相当の覚悟がいったはずだ。
青二才 | 2010/09/12 07:39 PM
こちらのリストに載っていませんが、今日 親日派のための弁明 という本を読みました。反日だった韓国人が、現在は韓国併合の事実を理解しているので、とても驚きました。
でも、海外ではまだ旧日本定刻とナチを同一に考えている人がたくさんあります。
何日か前ののニューヨークタイムズで、ドイツ人のアイデンティティーが戻ってきた(良い意味で)という記事があります。そこのコメント欄に
What Hitler did was not unprecedented in human history, but what post-WWII Germany did is rather unique. A nation made itself feel remorse for its wartime wrongdoings. Japan has never done that;
と書いている人がいます。
どうぞ、英語と歴史が達者な方、定期的にこういうメディアをチェックしてどんどん正しい意見を言ってやってください。
| 2010/09/14 07:45 PM
今日 親日派の弁明 という本を読みました。韓国併合が必然的だった事実を述べていて結構勉強になりました。
ただ、海外にはまだナチと旧日本帝国が同じという人がいるので残念です。
英語と歴史が達者な方、海外新聞をちょくちょく見て、コメントで反撃してください。
| 2010/09/14 09:13 PM
おしえてください。
海外の歴史家が書いた書物で、韓国併合について、ほぼ日本と同じ意見を持っている本をいくつか教えてください。
カーター エッカート氏の”日本帝国の申し子” とかは日本の見解と一緒ですか?
後、日清戦争の出来事についても日本と同じ考えを持っている本を教えていただけたらうれしいです。どうぞお願いします。
クッキー | 2010/09/15 08:16 PM
皆さん、コメントありがとうございます。いつも個別にレスを差し上げられず申し訳ありません。

2010/09/14 07:45 PM、2010/09/14 09:13 PMさん:
「親日派の弁明」は2002年頃の発行でしたっけ。当時読みました。今は実家にあります(父に読んでもらうため持っていったきり忘れてます(^^ゞ)。
確か続編も出ていたはずですが、私は読んでません。

クッキーさん:
>海外の歴史家が書いた書物で、韓国併合について、ほぼ日本と同じ意見を持っている本をいくつか教えてください。
「日本と同じ意見」といっても日本国内でも意見が割れてますので何とも言えないのですが、「韓国併合を評価している意見」という解釈でよろしいでしょうか?
だとしたら、最近のものでは今回紹介した朴贊雄氏の「日本統治時代を肯定的に理解する 韓国の一知識人の回想」。黄文雄氏の著書もお薦めだと思います。あと、日本の近代から第二次大戦終結までの期間を幅広く公平に評価しているのはヘレン・ミアーズ氏の「アメリカの鏡・日本」だと思います。

>カーター エッカート氏の”日本帝国の申し子” とかは日本の見解と一緒ですか?
読んでないので分かりません。すみません。
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/4794212755 など参考にされては。

>日清戦争の出来事についても日本と同じ考えを持っている本を教えていただけたらうれしいです。
イザベラ・バード氏の「朝鮮紀行&#8722;英国婦人の見た李朝末期」ぐらいしか浮かびませんでした。バード氏のこの著書は併合直前の朝鮮の様子を記したものですが、「朝鮮がひとり立ちをするのはむりで、共同保護というようなきわめてむずかしい解決策でもとられないかぎり、日本とロシアのいずれかの保護下に置かれなければならない」と書かれてあります。この本の中身は拙ブログで4回に渡って紹介しました。
http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid737.html
くっくり | 2010/09/16 01:58 AM
くっくり様

返信ありがとうございます。

「親日派の弁明」で、著者は、”日本がアジアで戦争した理由は、白色人種の植民化を防ぎ、アジアと共栄共存するためだった。” というような事を書いていました。
日本人でも意見が分かれていますが、おおむねこんな感じで良いんじゃないでしょうか?
日本も反省する点はありますが、現在のアジア人はあまりにも偏見しています。日本人以外に誰がアジアを改善できたのでしょうか?

私が上記の質問をしたのは、理由があります。
最近、アジア人以外でも、ナチと旧日本軍を同等に扱う人がいるのです。なにかと”ドイツは毎年謝罪している。日本は全く反省していない。”というようなコメントをよく見ます。ナチは民族浄化をしました。日本と全く違います。戦争を起こした理由が全く違うのに、日本は反省が足りないというのです。
それで、海外で日本がした事をある程度評価している本はないかと思った訳です。もっと違いをわかってほしいのです。

アメリカのアマゾンの”レイプ オブ 南京”のレビューを見ましたか?650人くらい書いているのですよ。日本に不利な書物だけ売れているみたいです。
こういうのを見ると正直日本があらゆる証拠を提示しても、真実はわかってもらえないと思います。

長々とすみませんでした。
ヘレンミアーズ氏の本も読んでみたいと思います。ありがとうございました。
クッキー | 2010/09/16 09:41 AM
クッキーさん:
レスありがとうございます。上の名前のない方と同じ方ですか?クッキーさんのコメントを拝見して、レポートを書くための題材をお探しの学生さんか何かかな?と勝手に思いこんでました。すみません(^^ゞ
実は私は「アジア人」という括りはあまり好きではなくて、というか、日本を本気で悪く思っているのはアジアでは中国と朝鮮の方ぐらいですから。東南アジアでも日本を悪く思っている方はいますが、その大半は反日教育を受けた華僑です。
Wikipedia英語版でたとえば慰安婦問題で日本人が正しく編集をしても、あっという間に韓国人に再編集をされてしまい、後手後手の対応しかできていない等々、私もずっと前から苦々しく思っています。日本ではもうずっと英語教育の是非が言われてますし、でも国語教育をまずしっかりしないとという思いもあり、悩ましいところです。
ついでに言うと、ナチと旧日本軍を同等に扱う人はむしろ欧米に多いんじゃないかと私は思っています。
くっくり | 2010/09/16 02:02 PM
くっくりさん:
名前がない人も私でした。すみません。
アジア人のくくりですね。東亜というべきでした。それに正直、著者がアジアと言う単語を使ったかどうか確かではありません。うろおぼえです。

海外のメディアで、韓国人又は中国人みたいな人が "all asians hate the japanese." という表現を頻繁にします。これは私の推測ですが、その背景にこんな言葉が隠されてるような気がします。”日本人がこれだけ大勢の人に嫌われてるのだよ。日本がした過去の事を考えたら当たり前だよね。だから、アメリカ人も日本人を嫌った方が良いよ。”
実際韓国人の人で、"i do not know why people do not hate japs. " とか "i want you guys to hate japs more." とか結構直球で言ってる人もいます。
とにかく、アジア人全部が日本を嫌っていると強調したいみたいです。
でも、私は正直彼らの言ってる事は正しいのではないかと感じます。というのは、台湾人も何か不都合なことが起きたら反日に翻るし、ほかの東南アジアの人もそのとき次第って感じです。日本がした功績を評価してくれるような人はごく少数です。

wikiについては、以前聞いた事があります。改善できなさそうですね。。。それと今思い出しましたけど、韓国起源説をぜひ英訳してほしいですね。
私も国語教育を先にしっかりしてほしいです。それと、議論力を完璧に身につけてほしいです。中国韓国人相手に理論勝ちしてほしいです。もちろん英語で。

それと、欧米の人に旧日本軍がナチと一緒だというひとが多いのですか?
実は今 ヘレン・ミアーズ氏の「アメリカの鏡・日本」を読んでいますが、アメリカのアマゾンのレビューをみても誰も読んでないみたいなのです。もっとプロモートしてほしい。

色々すみません。
ありがとうございました。
クッキー | 2010/09/16 06:58 PM
勝手ながら、御記事の一部を引用させて頂きました。
http://blog.livedoor.jp/ap_09/archives/3597996.html

ご記事は日本人を外から見た目で描かれていて大変面白く、私達を元気付けてくれるものなのですが、jgoさんのコメントも、もっともです。ブログは双方向性の情報交換が可能なので、異なる意見があったときに、罵倒したりせず、意見は意見として、異論がある場合にはちゃんとした反論が出来るようになると良いですね。それができないところが、日本人は外国人に誤解されたり、コミュニケーションができない、外交ベタ、民度が低いと思われる原因になってしまうことがあるかと思います。
突然に失礼致しました。
ap_09 | 2010/09/19 01:31 PM
クッキーさん、

横からすみません。

>海外のメディアで、韓国人又は中国人みたいな人が "all asians hate the japanese." という表現を頻繁にします。

そんなに気にしなくて良いと思いますよ。中国人や韓国人の方が海外では間違いなく嫌われていますから。

中国は今は景気がいいですから表立っては非難されることが少ないだけでしょう。(あと人口輸出による組織化されたデモ等)

韓国に至っては話題にすら上らない。

ハリウッドのスターたちは日本には頻繁に来ますが、中国、韓国にはあまり行かないでしょ。彼らにとって著作権を保護せず、契約を守らない中国、韓国は好ましからざる顧客であるそうです。

最近の個人的な経験ですが、バリ島でホテルのレストランで汚い恰好で飯を食っていたら、従業員から「韓国人ですか、台湾人ですか?」と聞かれ、「日本人だ」と答えると「申し訳ございません」と最敬令で謝られました。

日本人の価値を実感した経験でした。(そういうことは多いですよ。)
腰抜け外務省 | 2010/09/19 08:17 PM

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【ネットTV】 高山正之 『異見自在』 #1「東アジア共同体」は夢物語か? 【文字起こしあり】 | sakuraraボード | 2010/09/08 07:58 AM
本日は水曜日です! 9月8日(水)のアンカーは… 高山正之さんの動画を発見しました。まだ第一回しか見ていませんが、とても勉強になります!他にもたくさんおもしろい動画があるみたいです。http://www.theatertv.co.jp/movie/3364 「シアター・テレビジョン」も応