保守系識者諸氏が見た震災(1)
2011.05.09 Monday 19:47
くっくり
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【珈琲店に入つて新聞を読んだ。朝日新聞が石原慎太郎都知事の談話、この大災害は、日本人の「我欲」に対する「天罰」ではないか、といふ発言をとらへて、その冷酷非情を非難するかのやうに、大江健三郎の長文の寄稿と対比させてゐた。核戦争抑止のための核武装を言ふ言論への天罰が、福島の原子力発電所の深刻な事故であるといふやうに読める。
石原氏の「天罰」発言は、私にはごく自然な声にきこえた。関東大震災のとき渋沢榮一と永井荷風は「天罰なり」と言つた。曽野綾子が産経新聞(3月16日)に書いてゐる。《さしあたり、私たちは、「安心して暮らせる」などという現世には決してない言葉に甘えることの愚をはつきりと悟るべきだろう。》(「今回の地震から学ぶこと」)
この「甘え」の愚かさと石原氏の言ふ「我欲」とはほぼ重なるのである。
津波に呑みこまれて九死に一生を得た青年の顔がテレビに映つた。傷だらけの顔は美しく凛としてゐた。彼は体験を吶々と語り、生命の尊さを言つて慟哭した。】
<『正論』2011年5月号 桶谷秀昭「天罰か天啓か」>
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【時が経つにつれて、様々な支援態勢が充実してきたが、本来なら、被災当初から政府や中央省庁がリードして各機能ごとの災害救援態勢を発動しなければならない。長い平和が続き、平時の行政しか経験がなく、この度のような非常事態に対する備えやノウハウの整備と検証をおろそかにしてきたツケが現実のものになったといえよう。
自衛隊のような武力集団が国の命運を背負って活躍するような国難は「千年に一日」、そう度々あるものではない。ただ、外敵の脅威や天変地異などはいつ発生するかわからない。「兵」は一朝一夕には組織化できない。事態が発生してから準備していたのでは間に合わないのである。一見、無駄な投資で仕分けの対象のように見えるかも知れないが、堪え忍んで「兵」を整備しておかねばならない。それが平時における「国家のあるべき姿」なのである。
最後に、災害の現場で命を賭して任務を遂行している自衛隊員達に言いたい。国家の命運は諸君達の双肩にかかっている。被災者のみならず全国民が自衛隊を頼り、そして応援していることを胸に刻み、今こそ、これまで溜めてきたあらゆる知恵と能力を存分に発揮し、死力を尽くして任務を完遂してもらいたい。】
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