「ワイスク」レインボーブリッヂの小坂
2006.07.10 Monday 20:18
くっくり
平壌から49号予防院までは20kmほど。一方、平壌から義州までは約200km。義州は中朝国境の町。運転手が勘違いすることは考えられない。
2004年11月、第三回日朝実務者協議で、薫さんからの証言をもとに日本代表団は義州の病院について北朝鮮側を追及。
北朝鮮側の返事はこうだった。
「入院前日まで義州にするか検討したが、少し様子を見ようということで平壌に入院させた」
翌日、めぐみさんの遺骨と主張するものを提示され、義州の件はうやむやになった。
義州について脱北者の証言。
榊原洋子さん。1961年に帰還時業で北に渡った。2004年に脱北、現在大阪府在住。
彼女はめぐみさんの死に疑問を持っている。
彼女の父は北で精神病院に入った。
「患者は自殺防止のために持ち物を全て取り上げられる。パンツのヒモも。パジャマの支給はない。みんなボロボロで何色かわからないような服を着ていた」
「北で『49』という数字は精神を病んでいるという意味。『あの人、49だって』と言えば、その人が精神病であることを意味する」
「義州には大きな精神病院が2つある。1つは本当に精神病院。もう1つは政治犯の収容所のような施設」
「私と同様に帰還時業で来た人で、『思っていたのと違う』と言ったら、精神病だと言われて送られてしまった」
「精神病院という名の隔離施設で、帰ってきた人は一人も知らない」
レポーターの解説。
蓮池薫さんの証言と金英男さんの証言(会見)との矛盾。
めぐみさんの死について、蓮池薫さんは「めぐみさんの死亡は聞いていない」、金英男さんは「同じ日本人である蓮池・地村両家には言えなかった」。
また遺骨について金英男さんは「事務所などに置いていた」、蓮池薫さんは「事務所に行ったことあるが遺骨は見たことがない」。
スタジオトーク。
義州の病院を知っているか尋ねられた小坂、「義州は列車爆発事故があった龍川(リョンチョン)の近く。私は龍川へ給水車で人道支援に行った。義州は経済発展地域。精神病院が2つあるというのは知らないが、1つは知っている。車の中で雑談で向こうの人から聞いた。ほとんどの人が重症で、治る見込みのない人が入る。二度と出てこられないと彼らは言っていた。そこにめぐみさんが入ったのだとしたら、むしろ生存の可能性は少ない」
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