尖閣問題を考える上での具体例を77年前の本に学ぶ

2010.11.16 Tuesday 01:39
くっくり



(p.273-274)

<私の感想> 出よ、平成の田村総領事!!…でも、それにはやはり軍事力が背景にないと無理なんですよね(T^T)

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 以上です。いかがでしたか?

 今回はいきなり本の引用から入りましたが、当時の中国やアメリカの状況をある程度把握していないと、ちょっと分かりにくい箇所もあったかもしれませんね。

 著者ラルフ・タウンゼントのプロフィールとともに、そのあたりをざっと説明しておきますね。

 ラルフ・タウンゼント(1900年〜1970年)はアメリカ人で、コロンビア大学卒業後、新聞記者、母校の英文科教師を経て米国務省に入りました。
 1931年に上海副領事となり、ここで満州事変に伴う第1次上海事変に遭遇。その後福建省福州副領事に転じています。

 引用前に<予備知識>として紹介したとおり、当時の中国大陸にはアメリカ人宣教師、民間事業家、それに領事館員や外交官等の政府役人が入国していました(もちろんヨーロッパや日本からも多数入っていました)。

 宣教師は「可哀想」な中国人を救おうと、学校や病院を作るなど慈善事業に尽くしましたが、その恩は全て仇で返されました。中国人はアメリカ人に対して、略奪、暴行、陵辱、拷問、焼き討ち、虐殺を繰り返したのです。

 ……念のために書いておくと、もちろんアメリカ以外の国も被害に遭っていました。例えば1927年の南京事件(1937年12月から翌年1月にかけての「南京事件」とは全く別の事件)では、日本人、イギリス人、アメリカ人、イタリア人、フランス人、デンマーク人に死者・不明者が出ています。ちなみに日本人約230名が虐殺された通州事件は1937年7月発生。……

 が、それでもアメリカ人宣教師は懲りません。真実を話しません。なぜか。もし事実が知られると、今まで続いてきた援助が打ち切られる危険があるからです。

 民間事業家も事実を話したがらない。なぜか。心証を害された中国人から不買運動が起こる恐れがあるからです。

 政府役人も在任中は外交辞令的なことしか言えません。なぜか。厳重に口止めされているからです。

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