「アンカー」尖閣ビデオ神戸海保職員流出告白 裁かれるべきは誰?
2010.11.11 Thursday 03:27
くっくり
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青山繁晴
「はい。これは、ちょっとまた歴史の話になって申し訳ないけれども、でも簡単に言いますとね、65年前に戦争に負けましたと。で、負けた直後に、もう海上保安庁、3年後にできましたと。ね。で、この間、日本はアメリカに占領されてましたが、1952年になったら、もう独立を回復して、日本に戻りましたと。ところが皆さん、思い出していただくと、尖閣諸島含む沖縄県は、そのままアメリカのもので、それが20年間続いたんですよね。20年間続いて、ようやく沖縄の人々が頑張って、祖国復帰運動をやって、72年の5月に沖縄は戻ってきたんですよ。そして、この大きな流れ、この中に何があったかというと、ちょっと出して下さい」
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青山繁晴
「はい、別な話としてですよ、69年に、国連の調査で、尖閣諸島に、日本はもう資源小国じゃない、ほんとはたくさんの資源を抱え込んでる国なんだってことが出たら、突然翌年から、それまで日本のものと認めてた尖閣諸島を、中国や台湾が、いや、自分のもんなんだと、実は昔からそうだったと、言い始めたわけですね。そのあとに沖縄が日本に戻った。そしたら何が起きたかというと、実は、問題の根っこはこれなんです。はい、出して下さい」
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村西利恵
「与那国町の外間(ほかま)町長は、10月16日に開かれた『中国の領海侵犯から尖閣諸島海域を守る沖縄県民の集い』の中で、『アメリカの施政下の尖閣には誰でも行けた。日本に復帰してから行けなくなった』と話しておられます」
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