戦前を上手に思い出せ! さすれば尖閣も……
2010.10.11 Monday 17:29
くっくり
「正論」2010年10月号 掲載
[連続対談]歴史精神復活のために
最終回 偉大なる敗北 「戦前を上手に思い出せ」
桶谷秀昭(文芸評論家)
新保祐司(文芸評論家)
〈前略〉
新保
ここから敗戦直後の話に移りたいと思います。
桶谷
細かく見ていくと、八月十五日に玉音放送があってから八月の末までは人心に変化はありませんでした。八月三十日にマッカーサーが厚木飛行場に降り立ち横浜へ入ってきます。あれから本格的なアメリカの占領統治が始まり、文化人と呼ばれる連中が、「これからは文化国家で行こう」といったくだらんことを言い出す。
朝日新聞が変わるのも確か九月の中旬ごろでしたね。アメリカ兵が日本の女性をレイプした事件を掲載したら三日間発売停止を食ったんです。あれから朝日がひっくり返ります。
詩人の伊東静雄は八月十五日の日記に《太陽の光は少しもかはらず、透明に強く田と畑の面と木々とを照らし、白い雲は静に浮かび、家々からは炊煙がのぼってゐる。それなのに、戦は敗れたのだ。何の異変も自然におこらないのが信ぜられない》と書いていますが、実際に書いたのは八月末ぐらいです。台風が襲来し雨の音を聞きながら十五日の敗戦のことをああいう言葉で綴った。つまりあの気持ちのまま八月の末ぐらいまでは過ごしていたのではないでしょうか。
また九月五日の朝日新聞の社説がなかなかいいことを言っているんです。《いま日本に進行しつつあるものは、恐らく空前の大変革なのである》と前置きして《然らば、いつたい、かうした突変がどこから来たのか。それは東洋の神秘であり、日本の神秘に属する。端的にいはう。八月十五日正午の天籟(てんらい)からである》と書く。つまり日本人はあの時、天籟を聞いたという。天籟というのは客観的にそういう風が鳴ったわけでも何でもない。聞く耳を持つ者にはわかるというものでしょう。天籟は『荘子』の「斉物論」にある言葉です。
これは非常に珍しい文章です。こういうことを言ったの朝日だけなんです。他はみんな「承詔必謹」とかね。要するに玉音放送を恭しく承るべきだというようなくだらんことしか言わない。天籟という言葉は極東の自然民族である日本人が敗北の時にじたばたすることなくあんな無言の厳粛な瞬間を生きたということを見事に表現しています。これは世界史上にも類がないのではないでしょうか。
[7] beginning... [9] >>
comments (23)
trackbacks (1)
<< ノーベル賞をもらえなかった北里柴三郎「ビーバップ!ハイヒール」
「アンカー」青山さんお休み 人気エントリーBest10 >>
[0] [top]