国の行く末を案じ…【将兵万葉集】(5)戦争裁判の犠牲者-2
2010.08.14 Saturday 02:11
くっくり
(無名戦士遺詠抄)
木村兵太郎
東京都出身、陸軍大将、陸大卒、ビルマ方面軍司令官。
開戦時陸軍次官の為戦犯。
昭和二十三年十二月二十三日巣鴨で法務死。
■我ゆくも又この土地にかへり来ん国に酬ゆることの足らねば
(世紀の遺書)
■例へ身は千々にさくとも及ばじな栄えし御世を堕せし罪は
(大東亜戦争殉難遺詠集)
東條英機
岩手県出身(本籍)、陸軍大将、陸軍次官・陸軍大臣を経て
開戦時の総理大臣。
昭和二十三年十二月二十三日巣鴨にて法務死。六十四歳。
■朝風になびくを見たし彼の土より平和日本の日の丸の旗
(世紀の遺書)
福原 勲
島根県出身、陸軍大尉。
昭和二十一年八月九日巣鴨に於いて法務死。三十歳。
■子の夢のさめて今日ゆく我が身かな国の若人やすらけくあれ
(世紀の遺書)
穂積正克
熊本県出身、陸軍軍曹、福岡俘虜収容所勤務。
昭和二十三年七月三日巣鴨に於いて法務死。三十一歳。
判決を前にして詠歌……
■いけにえに尽くる命は惜しかれど国に捧げて残りし身なれば
(世紀の遺書)
■世の人に残さばやと思ふ言の葉は自他平等の誠の心
(平和の発見)
松井石根
静岡県出身、陸軍大将、陸軍大学卒、中支方面軍司令官。
昭和二十三年十二月二十三日巣鴨にて法務死。七十歳。
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前回と今回紹介した戦争裁判の犠牲者の歌の中で、私の心に一番響いたのは酒井隆陸軍中将のこの歌でした。
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