光市母子殺害〜この親にしてこの子あり?

2006.06.21 Wednesday 22:37
くっくり



 以前、『報ステ』で被告の父親のインタビューをやってましたよね。
 ↓かなり痛い人なので、覚えてる方も多いだろうと。

『被告の父親が語る“母子殺害”からの7年間』6月7日放送
事件は被告が暮らす団地内で起きた。当時18歳だった被告は配管工事の仕事を休み、その家を訪ねた。作業服を着て排水検査を装い、本村弥生さんと娘の夕夏ちゃんの首を絞め殺害した。
その被告の父親が我々の取材に応じ、心の内を語った。

当時、被告は父親と再婚相手の女性、二人の弟と祖母の6人暮らし。事件後、孫による犯行だと知った祖母は急死。当時高校生だった2つ年下の弟は家を飛び出し連絡がつかない状態。父親は本村さんと同じ会社に勤めていたため辞職。その後も2回職場を変えた。
「事件を起こさなければこんなことにはならない。最終的にはそこにいくんですよね。だから会いに行くことも足も遠のいていましたし」

「息子がしたことだから、息子が責任取るのが当たり前。親は責任取ってやりようがない。僕はそういう主義ですから」
そう話す父親に責任の放棄では?と聞き返すと「僕にどうせいちゅうんですか。できることは頭を下げることしかない。下げるチャンスがなかったです。謝罪する機会は作ればあったと思いますけど。しなかったというより僕が避けとったと言った方が正しいかも。悪いなという気持ちがありますから、心を逆撫ですると言ったらおかしいんですが、あまり刺激を与えるような行動っていうのは出来なかったですね、自分からは」

判決の日が決まった数日後、父親は拘置所へ向かった。7年ぶりの接見。
被告は父親の接見を受け入れた。規定の面会時間は15分だが被告の希望により5分間の延長が認められた。
接見を終えた父親は「すごい変わってますね。やんちゃな顔してやんちゃなことしか言わんかったやつが、ああまで冷静になってね。家のこと心配せんでもええぞ、家族のこともちゃんとお父さんやるから、と話しだしたら涙がこう出てきた形ですね、向こうがね」と話した。さらに被告は「もし生があるなら一生かけても償いたい」とも話していたという。

「ずっと昔からねああいう風な感じできてくれたら、こんな事件起こさんでよかったんだと、いろいろ思いますよ、やっぱりね」と父親は被告は判決に「従う」と話していたという。

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