中共が靖国を否定する理由【将兵万葉集】(2)特別攻撃隊・神風-1
2010.03.08 Monday 23:00
くっくり
昭和18年に海軍兵学校に入学(75期)され、昭和20年に卒業。戦後は、昭和27年に警察予備隊(自衛隊の前身)に入隊、陸上自衛官として勤務された後、昭和53年からは民間の複数の警備会社に勤務されました。
その山口志郎さんは、「太平洋戦争 将兵万葉集」出版にあたり、このように述べておられます。
【前書きより】
太平洋戦争が終わって、はや半世紀、五十年の歳月は矢のように過ぎました。思えば、多くの日本国民が生きて来た昭和と言う年月の前期十余年の間は、今の平和な日本の現況からは、想像出来ない程、きびしい戦いの連続の歳月でした。そしてこの歳月の間に、いかに多くの国民が、兵士が、そして軍人が日本という国を愛し、信じ、誇りと思い死んで行ったことでしょうか。
これら国の為に戦い、又は国に殉じた人々の中の、兵士・軍人の残した歌も、戦いが過去のものとなったように風化して、かえりみる人も無くなって来ています。歌詠みの名歌は、多くの人から愛され、口ずさまれ続けるでしょうが、戦いの場で詠まれた歌、戦いに傷つき悩んだ歌、死ぬ間際に書残した特攻隊員の辞世、終戦の責任を感じて自決した武人の遺詠、シベリアに抑留されて望郷の炎に燃えた絶望歌、国の為に実行した行為を罪に問われ戦犯の名で刑場の露と消えた軍人の覚りの歌、これらの歌も今や忘却の波に消えて行こうとしています。……
……今の世からは、肯定出来ない歌、心情が理解出来ない歌もあるかも知れませんが、妻や子への愛の歌に、父と母への感謝の歌に、故郷恋しの歌に、愛馬へのいたわりの歌に、国を思い憂うる歌に、戦友愛の歌に、祖国の未来を信じて命捧げた歌に、使命を遂行しても尚罪に問われた無念の歌に、若(も)し心あらば一掬(いっきく)の涙を注がれんことを。
【後書きより】
……ワープロを叩きながら、死の戦野をさまよった兵士の絶望に、戦犯とされた悲運の軍人の遺詠に、抑留者の悲劇に、幾度か涙を流した事でしょうか。……
まだこの本を読んでいる途中ではありますが、戦後生まれ(昭和39年生まれ)の私でも、これまで幾度となくこみ上げています(T^T)
戦場で詠まれた歌には、自分の運命を散る桜に喩えたものや、死してなお魂は祖国を護り続けるといった内容のものが多いですね。あと靖国神社もよく詠まれています。
特別攻撃隊の方々の歌は、これらの度合が特に多いように見受けられます。
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