【記憶せよ12月8日】外国人から見た日本と日本人(16)

2009.12.08 Tuesday 02:18
くっくり



 日本の政治家はなぜ論争しないのか。一九七四年の一月であったか、田中角栄首相がインドネシアを訪問したことがある。その時、四万の学生デモにとり囲まれて立往生し、ヘリコプターで虎口を脱し、何もせずに逃げ帰ってしまった。首相は、どうして学生を相手に公開討論を申し込まなかったのか。学生との討論の中で、日本の立場を堂々と打ち出したら、一度に人気が上がり、日本が見直されていたのに。惜しいチャンスを失ってしまった。

 特に私が惜しいと思うのは、日本ぐらいアジアのために尽くした国はないのに、それを日本の政治家が否定することだ。イギリスのサッチャー首相でなくても、責任感をもった政治家だったら、国家の名誉にかけて、必ず反論する。もし私が日本の政治家だったら次のように言うだろう。

 「その頃、アジア諸国はほとんど欧米の植民地になっていて、独立国はないに等しかった。日本軍は、その欧米の勢力を追い払ったのだ。それに対して、ゲリラやテロで歯向かってきたら、治安を守るために弾圧するのは当然ではないか。諸君らは、何十年何百年にもわたって、彼らからどんなひどい仕打ちを受けたかを忘れたのか。日本軍が進撃した時にはあんなに歓呼して迎えながら、敗けたら自分のことは棚にあげて、責任をすべて日本にかぶせてしまう。そのアジアの事大主義が、欧米の植民地から脱却できなかった原因ではないのか」と。

 目先をごまかしてお詫びする日本人ほど、調子がよくなると、今度は威張りだすのだ。威張るのもダメ、ペコペコするのもダメだ。  

 日本人は、バック・ミラーばかり見ている。バック・ミラーは映し出されたもので、真物ではない。自分の目で前を見なければ、運転を誤るよ。

○鄭春河=1920年(大正9年)台南生まれ。日本名「上杉重雄」。台湾に志願制度が布かれた1942年(昭和17年)血書歎願し陸軍特別志願兵としてチモールに従軍。1993年(平成5年)小冊子「嗚呼大東亜戦争」を自費制作し日本の関係各者に配り、戦後日本人に覚醒を促した。2005年(平成17年)没。

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