「朝鮮紀行」イギリス人女性が見た19世紀末の朝鮮(4)終

2009.11.01 Sunday 00:21
くっくり



 奇遇にもバードは日露戦争真っ只中の1904年10月に72歳で亡くなっています。彼女はこの戦争をどんな思いで受け止めたのでしょうか?
 p.568-569とp.571の記述を見る限りにおいては、日露戦争勃発の可能性は十二分に予見していたようですが。

 さて、断髪令に対する朝鮮庶民の反発は凄まじいものだったようですね。
 反日感情を伴ったという側面ももちろんあるのでしょうが、小中華思想の影響も非常に大きかったようです。
 衛正斥邪(儒教を守り攘夷を行う)を唱える儒者たちにとって、断髪令は小中華朝鮮の礼俗を捨て去り、夷狄(野蛮人)に堕するものと受けとられたそうです(こちら参照)。

 日本でも明治4年に断髪令(散髪脱刀令)が布告されましたが、これは髪型を自由にして構わないというものであり、「まげ」を切れと強制するものではありませんでした。
 幕末からすでに「まげ」を結わずに散髪する風潮が広まっていたこともあり、朝鮮とは違って非常にゆるやかな転換だったんですね。

 朝鮮人は保守的すぎて変化に弱く順応性に欠ける、日本人も保守的ではあるものの同時に変化にも強く順応性もある。そのような印象を私は持ちます。
 もちろんどちらが良い悪いという話ではありませんよ。たとえば敗戦後の日本を見た時、日本人は不幸にも「順応性がありすぎた」がために国柄を大きく破壊しまったんじゃないかと、私は時折思ったりもしますから。

 イザベラ・バードの「朝鮮紀行」紹介はこれにて終了です。
 皆様、お付き合いありがとうございました。


image[okirakubanner.jpg]「お気楽くっくり」更新済
 やっぱり第一作が好きです。

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