2009.07.26 Sunday 03:11
くっくり
「正論」2009年7月号 中村粲【NHKウォッチング第145回】掲載
NHKスペシャル「シリーズJAPANデビュー第1回 アジアの“一等国”」の所感寄稿より
たとえば第4代総督児玉源太郎の右腕であった民政長官の後藤新平に関する箇所には驚嘆し、そして憤りを覚えた。
医学博士でもあった後藤新平は、道路・鉄道・水道などのインフラ整備をはじめ、台湾の衛生環境と医療の改善という大事業を成し遂げた偉人である。驚くなかれ、後藤新平は、東京よりも早く台北に下水道設備を完備するなどして、それまで疫病の地として知られた台湾から疫病を一掃したのである。そのおかげで台湾民衆は安心して暮らせるようになり、なにより台湾の経済発展の基礎が作られたのである。今日の台湾の経済発展と繁栄は、すべて日本統治時代にその基礎があることは、すべての台湾人が認識していることなのだ。
否、たとえそれが日本の国益のためであったにせよ、台湾民衆はこのことで多大の恩恵を受けたわけであり、それを「侵略」とか「強制」「弾圧」といって非難する台湾人など誰一人いない。
その他にも、後藤新平は、当時台湾で蔓延していた清朝時代からの悪弊であるアヘン吸引を医師としての知識を生かして見事に消滅させている。後藤新平は、中毒や常習者にのみアヘンを販売し、自然減を図った。そして結果として人口の6%にも上ったアヘン患者を1941年には、同0.1%にまで激減させたのである。悪習といえども他民族の習慣を、強引な手法ではなく時間をかけて撤廃していったのである。実はこうした「生物学の原理」に基づく台湾統治を喩えたのが、「ヒラメの目に鯛を付け替えることはできない」という言葉であり、NHK番組のなかで使われているような差別的な意味合いはない。
さらに後藤新平は、同じ岩手県出身の新渡戸稲造を台湾に呼び寄せ、さとうきびの品種改良を行うなどして製糖業を殖産した。これによって台湾経済は成長してゆき、戦後も1960年代まではこの製糖産業が台湾経済を支え続けたのである。
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