2009.07.26 Sunday 03:11
くっくり
「日中戦争見聞記—1939年のアジア」より
日本の有力政治家と国民の大部分は、今、恒久平和および中国との真の友好を熱望している。彼らが平和確立と友好関係樹立を念願していることは、日本側の立場に立てば無理からぬことである。わたしの個人的見解だが、平和と友好関係は広い視野に立てば、かならずや中国の利益となるはずである。世界情勢および時局を鑑(かんが)みれば、中国は日本の指導下ならば、封建的な大陸国家から近代的大陸国家に変貌することができるように思われる。
他方、この変貌は、たとえ一時的にせよ、中国人の自尊心には耐え難いものであろう。中国人は昔から日本人を見下し、この島国民族を劣等模倣民族——日本人の自尊心に対するもっと手厳しい他の言葉はさておき——と見なしてきた。しかも今、中国人に民族の誇りが芽生えはじめようとしている。全体主義国家日本を道徳的、社会的に中国が凌駕していると欧米民主主義大国がお墨付きを与え、中国はこれを後生大事に守ろうとしている。したがって中国の指導層にとっては、敗北を認め、日本の優越を認めることはなかなかできない相談である。しかし事情はどうあれ、日本と中国は好むと好まざるとにかかわらず、生きるも死ぬも一心同体である。「中国の支配者は誰か?」という問いには、日本という要因を無視して答えることはできない。
「アメリカの鏡・日本」(昭和23年出版。出版当時、マッカーサーにより邦訳出版が禁止された)より
私たちは、日本人に国家神道を廃棄させた。しかし、国家神道は西洋型国家意識の日本版にすぎない。国家神道は、一八六八年、西洋の「指導」に応えて出てきたものだ。近代以前の日本では、神道は自然と祖先に対する信仰であり、習俗であった。軍事的なもの、国家的なものの対極にあるものだった。日本の外交は徹底して平和主義だった。日本列島は世界の常識からいえば、国家でさえなかった。仮に国家があったとしても、国家宗教といえるものは仏教だったのである。
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