GHQ焚書より 拉致され兵隊にされた中国人青年の体験

2009.07.19 Sunday 03:05
くっくり



 この説明のできない内乱と悲劇の国、これが満州事変のあとあたりまでぐずぐずと繋がっていました。政府がいくつにも割れて、外国は中国という一つの国を相手にして交渉することができません。つまり中国は国家ではなかったのです。

 そういうことを今にして言うのは、そのことをしっかりと押さえておかなければ、私たちは私たちの近代史を理解することもできないはずだからです。

 日中戦争というからおかしいんです。日中といっても「中国」などそもそもその当時ありませんでした。やっぱり「支那事変」なのです。

 大陸に関わった昭和史にだけ限ってみても、中国は一体どういう国だったのかということを、どういう領土でどういう状態だったのか、少なくとも政治状況全体がどういうことだったのかということを客観的に見ない限り、日本の歴史も書けないはずではないでしょうか。

(中略)中国は国家ではなかったんです。ですから清朝末期から内乱の続きであって、辛亥革命のあと中華民国になってからも内乱は止まず、国民党は国民党の内部で戦い合いをしているし、共産党は共産党の内部で殺し合いをしているし、そして戦後の文化大革命もその長い清朝末期からの内乱の一つなんです。

 「支那事変」だけでなく、たとえば「大東亜戦争」という名称にも言えることですが、やはり当時使われていた名称、すなわち歴史的背景が分かりやすい名称にした方がいいですよね。


 ところで、日本では「支那」って言うと、未だに差別用語のように思ってる人が多いみたいですが、それは違います。

 拙ブログの読者様には釈迦に説法だと思うので、説明は省かせていただきますが、気になる方は以下のサイトをご覧になって下さい。

はなごよみさん>“差別用語”と呼ばないで>支那=CHINA
政の狼〜The Wolf wants his own Dandism.〜>“支那”は差別用語ではない
Wikipedia>支那

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