GHQ焚書より 拉致され兵隊にされた中国人青年の体験

2009.07.19 Sunday 03:05
くっくり




●中国の兵士はほとんど全員が文盲であり、軍事訓練を受けたものは少なく、強制的に連れてこられた農民たちがほとんどであった。彼らが銃の撃ち方を学んだのは、戦場であった。

●農民の中には、日本軍はどこかの軍閥の軍隊であろうと思う者まであり、ある地方では日本軍は満州の張作霖の軍隊の一部だと思われていた。

●強制的に連れてこられた兵士たちは当然のことに機会があれば逃亡する。

●中国には徴兵制度はあるが徴兵の方法は簡単で不精である。整理番号も体格検査も無い。法律に基づいた徴兵免除も無い。

●通行人を拉致するか、人買い組織から壮年男子を買い入れて充足すればよいのが普通である。

●道行く人を拉致し、地方の役人に売り渡して『人肉』を供給するのである。闇市場では、さらわれた一人の壮年男子の値段は五万元から十万元、白米五袋か豚三匹の値段であった。

●ナチスの強制収容所の悲惨を極めた状況が伝わってきたころ、中国では徴兵がクライマックスに達していた…。ドイツでの恐ろしいやり方に驚くどころか、ナチスの強制収容所の様子は我々のところと全く同じであると語っていた。

●四万人を収容して兵士にする訓練を施すはずであったが、多くの人間が連れてこられた途中で死んでしまい、生きて訓練を受けたのは八千人であった。


 私は2項目めの赤字のところで「は?」となりました。
 自分たちの戦ってる相手が日本軍だと知らなかったってこと?それどころか日本軍を張作霖の軍隊の一部だと思ってる人たちもいた?何じゃそりゃ?

 この当時の支那はきちんと統一された国家とは言えないまでも、いちおう「中華民国」という名前になっていて、国民党・共産党も国共合作ってことで協力関係になってたはずですよね。
 それに、張作霖ってそもそも日中戦争の時まだ生きてたっけ?(記憶曖昧につき調べたところ、1928年(昭和3年)6月4日死去となってます)


 ——と、混乱しかけたところ、幸いにも西尾氏が同じ論文の中で、当時の支那の状況についても分かりやすく説明されてましたので、ついでに引用。

 (清朝末期に起こった)人類史上最大の内乱を記録したといわれる太平天国の乱は十年から十五年も続いた内乱で、清朝の当時の人口四億人の約一〇%から二〇%、五千万人から八千万人の死者を出しています。そして引き続き、回教徒の虐殺の事態がおこって、このときイスラム教徒が四千万人も殺戮されています。

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