2009.07.19 Sunday 03:05
くっくり
私は最近、GHQ焚書を読んでいることはみなさんご存知と思いますが、昭和十三年に出た本で、焚書の一つですが、『敗走千里』という本がございます。著者の名前は陳登元という方ですが、お父さんが親日家なので、十五歳のころ日本にやってきて、その頃日本の大学生になっていました。要するに中国人といったってみんな一色(ひといろ)ではないんで、とんでもないいろいろなタイプがいて、もう日本人好きのレベルの高い中国人もいたわけです。
彼は昭和十二年、国で戦争が起こったらしいからというので心配して一旦帰国してみるのです。
そうしたら親の家に隠れているところを拉致されて、兵隊にとられる。当時の中国には徴兵の形式はございません。道を歩いているものも連れて行かれてすぐ兵隊にされてしまう。それが中国の徴兵のやり方でした。兵隊になって約二年間*1、軍務について転々とする間の記録の本で、これはすごい話なのです。
(くっくり注:*1は「約二カ月間」の誤植と思われます)
読んでみるとびっくりします。彼はいきなり兵営につれて行かれます。
斥候は知っていますよね。斥候というのは危険なんです。ですから普通には斥候に出るのはありがたくない。斥候はたいがいの場合五名から六名ですが、それがそろっていざ出発という場合、例外なく彼ら、彼らというのは彼が入隊してみたその軍隊の兵隊たちですが、彼らはにやりとなにか意味ありげな微笑をかえす。彼のごときわずか一ヶ月ほど前に強制徴兵されてきた新兵にはその微笑がなにを意味するのか、全然分からなかった。
が、二時間ほどして意気揚々と帰ってきた彼らを見て、新兵たちは初めて彼らがなぜ危険きわまる斥候を志願するかが分かった。彼らは実におびただしい種々雑多の戦利品をぶら下げているのです。主に時計とか指輪、耳飾といったようなもの、これは上海近郊の話ですから、要するに中国兵が斥候になって、中国の民間人のいるところへ行ったということです。小さくて金目のものだが、中には重いほどそのポケットを銀貨で膨らまして帰ってくる者もいる。ある一人の兵が持っていた耳飾のごとき、げんにたった今まである女の耳にぶら下がっていたものを無理に引きちぎってきたからだろう、血痕がにじんでさえいました。
しかもその兵の無知蒙昧、残虐無頼を象徴するかのごときひしゃげた大きな鼻、あつく突き出た唇、とんかんらかした黄色く濁った目、その目が何ごとか追想するようにニタリニタリと笑い、厚い大きな下唇をなめずりまわしている顔を見ていると、彼の胸にはなにかしらそくそくと哀愁が浮かんできてならなかった。あの血痕の滲んだ耳飾と関連して、なにかしら悲惨なことが行われたような気がしてならないのだった。
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