古事記を語り継ぐ浅野温子さんを応援します
2009.05.19 Tuesday 03:02
くっくり
浅野温子さんは平成15年(2003年)以降、全国各地の神社を舞台に「古事記」をモチーフに脚本化した神々の物語を独演されています。
ある時は神職以外が入ることの許されない聖域で、ある時は地域住民にしか知られていない小さな神社で、浅野さんは一人で神々を演じ、神話を伝えていっておられるのです。
浅野さんがこの“語り舞台”を始めたきっかけは約10年前に遡ります。
それまで「映像っ子」だった浅野さんが初めての舞台に出演した時、本当につらくて、その時はっと思ったのだそうです。
「私はこれまで、自分から何かを発信したことがなかった。自分は役者だから賛成も反対もない。捕まえる役も捕まえられる役もやる。自分から何かを発信する必要なんてないって考えていた。でも、これからは執着できるものを一つ持ちたい」
昔から本を読むのが好きだった浅野さんは、一人でも続けられることを突き詰めて考えるうち、「日本の物語の原点の世界を演じてみたい」「幼い頃に読んだり聞いたりしていた神話や説話が現在では失われている。その原典である『古事記』を次の世代に継承する必要がある」という思いにたどり着いたのだそうです。
もちろん、“語り舞台”の実現までには神社関係者の並々ならぬ協力がありました。
幸運なことに、浅野さんの「『古事記』を語り継ぎ、ひいては地域の生活の中にその物語を取り戻したい」という思いは、神社関係者の多くに好意的に受け入れられ、「実行委員会」が結成されることになりました。
地方にある神社にかつての活気を取り戻すことも、この“語り舞台”のもう一つの目的です。
例えば1年目、伊勢神宮と出雲大社に続き訪れた神社のひとつに山口県長門市の赤崎神社があります。
この神社の重要文化財・楽桟敷(がくさじき)を舞台にするため、地元の青年団は生い茂っていた雑草を懸命に刈り込みました。裸足で演技する自分のためにと、小石まで取り除いてもらったことを浅野さんは忘れられないそうです。
また、昨年訪れた島根県奥出雲町の稲田神社は、参拝客もほとんど見られぬ寂れた神社でした。保存会はあるものの、手入れには限界があり、本殿は雨漏りをしている有様でした。
が、彼らはそれを直し、さらに地元のデザイン専門学校の生徒や先生が、ビール瓶のケースに平板を乗せて、舞台作りをしてくれたのだそうです。
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