靖国問題〜稲田朋美さんのGJ論文

2006.06.04 Sunday 02:26
くっくり


■産経朝刊6/3オピニオン欄【正論】
 <首相の靖国参拝は安全保障問題/本質見極め矮小化した議論排せ>
 衆議院議員・弁護士 稲田朋美
≪侵略に屈せずの意思表明≫

 首相の靖国参拝について、その是非がしばしば論じられるが、何のためかという視点を欠いている。国の代表が、国難に殉じた人々に感謝と敬意の祈りを捧(ささ)げなければならないことは今更議論するまでもない。重要なのは、この問題がわが国の安全保障、ひいては国としての存立にかかわる問題だという点である。国益を論ずるのであれば、まず「国」でなければならない。

 昔も今も国際紛争を最終的に解決する手段は、不幸なことではあるが物理力である。平和憲法を有するわが国についても例外ではない。もし仮に、他国がわが国に攻め入ってきたら、武力を行使して自国を防衛することは憲法第9条の下でも当然に許されている。

 この厳然たる事実を受け入れることが首相の靖国参拝を論ずる前提である。国のために命を捧げた人々が感謝も敬意も払われず、まるで犬死にのように扱われ、または忘れ去られるようでは、一体誰が国のために血を流して戦うのかという問題なのである。

 靖国参拝に反対する政治家、財界人はもっともらしい理屈をさまざま挙げてはいるが、要は、たとえ他国に攻め込まれても血を流してまで国を守る覚悟はないし、ともかく中国を刺激してはならないと主張しているに等しい。

 小泉首相は就任以来、毎年欠かさず靖国神社に参拝してきた。これは総理個人の内心がどうであれ、他国の侵略に対してわが国は、血を流してでも守る覚悟であることを内外に表明することである。

 首相が靖国に参拝することの意味は「不戦の誓い」だけではない。「他国の侵略には屈しない」「祖国が危機に直面すれば後に続く」という意思の表明であり、日本が本当の意味での国であることの表明なのである。この点に触れずに、靖国問題を政教分離や対アジア外交の問題に矮小(わいしょう)化することは、戦後体制の歪(ゆが)みそのものである。

≪単純にすぎる戦争責任論≫

 首相の靖国参拝に関連して民主党の小沢代表は、自分たちが政権をとれば、いわゆるA級戦犯を霊璽(れいじ)簿から抹消するとの暴論を展開している。その小沢氏が党首討論で「占領政策」「戦後体制」による歪みを指摘するのは自己矛盾である。A級戦犯の正当性(正しくは不当性)の源である東京裁判は、まさしく「占領政策」「戦後体制」の中心であり、東京裁判史観の克服なしに戦後体制の歪みを是正することはできないからだ。

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