日本人の習慣の由来 「ビーバップ!ハイヒール」より
2009.05.09 Saturday 01:10
くっくり
そして晴娘の姿も消えていた。
それからというもの、6月、雨が降り続くようになると、親たちは娘がさらわれないよう、身代わりの紙人形を軒下に吊り下げた。
これが日本に伝わり、いつしか、てるてる坊主になった。
てるてる坊主には、みんなを救うために犠牲になった哀しい娘の物語が秘められていた。
◆商売が絡んだ日本人の習慣
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<茶柱が立つと縁起が良い>
フィクサー(黒幕)は静岡のお茶商人。
江戸時代中期からと言われている。
一番茶(新芽の一番良いところを摘んだもの)は人気がある。
が、二番茶はお茶が育ってきてるので茎が混じってしまい、人気がない。
そこで「茶柱が立つと縁起が良い」という宣伝を考えた。
安いし、縁起が良いというので飛ぶように売れた。
<お世話になった人にお中元・お歳暮を贈る>
フィクサーはデパート・百貨店。
もともと中元とは7月15日のこと。
実はこの日に贈り物をする意味は何もない。
が、お盆の行事と引っ付いて、祖先の霊を供養して、子供から親に物を贈るという風習になっていった。
明治30年代に、この習慣に百貨店が目を付けた。
夏は売上げが落ちる時期だったため、キャンペーンを始めた。
お歳暮もこれと似た感じ。
もともと年末には、お正月の供え物を一族で持ち寄る習慣があった。
帰省ができない子供や、遠方に住んでる親戚がせめて贈り物だけでも、と贈り物をした。
ここにデパート・百貨店が目を付けた。
<11月15日に七五三のお参りをする>
フィクサーは呉服店。
もともとは七歳・五歳・三歳、別々の日にちに祝っていた。
が、江戸時代に、呉服店がいっぺんに着物を売るために11月15日に全部まとめた。
なぜ11月15日なのか?
五代将軍の徳川綱吉の子供のお祝いをこの日にしたので、それにあやかっている。
ちなみに千歳飴は、やはり飴屋がフィクサー。
_________________________大ざっぱな内容紹介ここまで
上では紹介しませんでしたが、出演者同士で雑談をしていた時に、母の日に贈る「赤いカーネーション」と「白いカーネーション」の話が出ました。
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