「アンカー」北方領土はプーチン来日でどうなる?

2009.05.07 Thursday 02:41
くっくり



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青山繁晴
「それはここに書いてありますね。僕、今言ったことが文字になりました。もっとよく分かっていただけると思いますが。これを理解していただくとね、今年2月の、麻生さんがこの南樺太に行ったことについて違う意味があるなっていうのをですね、もうテレビご覧の方は賢いですからお気づきになってると思うんですよ。要するに決着してない白い所に、麻生さんは残念ながら現職の総理としてそこに行ってしまい、で、そこにユジノサハリンスクって町があってですね。その州都、ユジノサハリンスクに行ってしまって、そこでロシアの大統領と会談したってことはですよ、これは実質的にはこれを認めたと」

一同
「うーん」

青山繁晴
「要するに未決着、もともとは日本の領土だけど、まだ決着してませんねっていうんじゃなくて、もうロシアの物でしょうがないですねと認めたことに、これつながってしまうわけなんですね。そしてこれは私たち、この番組含めてメディアにも責任あると思うのはですね、そもそもサハリンじゃなくて、これは樺太なんですよ。南樺太。それからユジノサハリンスクじゃなくて、これは豊原という、日本人が一生懸命苦労して作った町なんですね。それで、私だけが知っているってこと、僕言ってるんじゃなくてですね、僕も実はこういうことについて曖昧であり、よく分かってなかったんです。ところが外交記者だった1991年の3月に、ここ(南樺太)に取材に入った時に、ある朝鮮の人と出会ったんですね。すごく背が高い、歳を取った人ですが、その人は若い時代に日本が朝鮮半島、植民地にしてた時代に(くっくり注:私は「植民地」ではないと思いますが)、この南樺太に渡ってきたという人なんですね。それ以来、戦争が終わってもずっとここに留まって、ま、時々日本の内地に行ったり、あるいは韓国に戻ったりしながら、ここで暮らしてきた。その方はロシア語の通訳として雇って、世代は違うけどすごく仲良くなって、いろんな所を見て回って、さあ別れましょうとなった時に、その朝鮮の方が僕に申したのはですね、こういう言葉だったんです。はい、出して下さい」

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