2009.04.21 Tuesday 00:05
くっくり
一九五六年の日ソ共同宣言の文面は次の通りだ。
「…歯舞群島及び色丹島を日本に引き渡す事に同意する。ただしこれらの諸島は、日本とソビエトとの間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」
何のことはない。平和条約を締結したら二島を返してやるよ、と書かれているのである。しかもこの宣言を二か月後に日本は批准しているのだ。何という手ぬかりかと私は地団駄踏む思いだ。百五十年前の条約はともかく、五十年前に両国で共同宣言を批准したではないかといわれれば、日本としてしどろもどろにならざるを得ない部分がないわけではない。
それにしても、何でおろかにもこんな宣言を日本は批准してしまったのか。外交音痴にもホドがあると怒り狂うのはわけないが、実はあのとき、日本はのっぴきならない事情をせおっていた。大量の日本人がソ連に拉致されていたのである。戦後に有無をいわせず拉致され、労働力として使われた六十万人もの日本人がいたことは、よく知られている通りで、数の上では北朝鮮の比ではない。
つまり人質を取られた上での領土交渉であった。たしかに悶着(もんちゃく)のタネとなるような文面の宣言を批准したのは日本の失敗にはちがいないが、あの共同宣言の二か月後に日本人抑留者の恩赦が発表され(さらっておいて何が恩赦だ!)、戦後十一年目にようやく最後に残った千二十五人の日本人の帰国にこぎつけたのである。
だが、あのときはあのとき、いまはいまだ。あんな状況の下で決めた宣言にこだわるなら、こちらも六十万人を拉致したことの補償を要求しようじゃないか。
私自身は去年、本籍地を国後島に移した。一九八二年に制定された「特別措置法」にしたがって移したのだから政府に責任もってもらわねば治まりがつかぬ。もし二島返還で納得するなら私は、我が本籍地を取り戻すまで国会前でハンストを決行するのみだ。
いまさら惜しい命でもない。
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