2009.04.21 Tuesday 00:05
くっくり
と述べて、マスコミが作り上げる風潮の恐ろしさを伝えていた。私の年代だと、ここで拍手喝采したくなる。
東条が悪い、日本の指導者の罪だ、などというけれど、悪いといえば一丸となって戦った日本中が悪い。
「生きては帰りません。この次に会うときは靖国神社で」
と、男たちは私心を捨てて戦場に向かい、家族はそれを喜んで見送った時代が日本にあったのだ。そんなバカなとはいまだからいえることで、当時、子供だった私はお国のためには命もいらぬと思ったし、私の周辺の大人も迷うことなくそう思っていたかに見える。ウソだと思ったら戦時中の新聞を開いてみるがいい。ひとり息子を迷うことなく戦場に送った母親や三人の息子が立派にお国のために死んだのを喜ぶ両親の話が連日のように美談として紹介されている。
見方を変えると、日本人は当然のこととして愛国心を持ち戦争が始まった以上、四の五のいってないで勝たなきゃならぬと思い詰めていた。いまだから歴史認識だの侵略だのと丘の上から景色をみるような思いで、いっぱしの論戦を交わすけれど、当時は自分の国を愛し守るという美学に反論の余地などなかったのである。それが戦争というものだ。戦争は狂気に支えられて進行するものであり、いったんはじまった以上、人道的に戦うなどということはあり得ないと私は思っている。
視野がせまいといわれればそれまでだが、当時の国民にとってそれは爽快で、すっきりと心おちつく境地であった。すくなくとも少女だった私は、当時を思い出して後悔や反省など微塵も感じない。近代化を目ざした国家として、国民として一度は通らねばならなかった通過地点であったとさえ思っている。
戦争を知っている私が通過地点として切り離した過去を、戦争を知りもしない人が事あるごとにもっともらしく論理づけて、日本人の歴史認識の誤りにむすびつけるのは自由だが、私はそれを受け付けない。
《引用者注:2006年8月16日、北方領土で日本の漁師が射殺され船長以下3人が拿捕された事件が発生。上坂さんは根室に飛んだ》
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