追悼 上坂冬子さん

2009.04.21 Tuesday 00:05
くっくり



2006年4月号【戦中・戦後を歌い切った人】
 《引用者注:日本の童謡歌手、川田正子さんの訃報に接して》

 私は川田正子の訃報を聞いたとき、一つ残念に思ったことがある。童謡ではないけれど、歌って欲しかった一曲があるのだ。「九段の母」である。

 「上野駅から九段まで 勝手しらないじれったさ
  杖をたよりに一日がかり せげれ来たぞや 会いにきた」

 こんど会うときは靖国で、といった息子との約束を果たすために、東北から夜行列車に揺られて上野駅に着いた老母の様子を歌ったものだろう。勝手がわからないといっても、上野から九段まで一日がかりでたどりついたとは、なんとも心もとない足取りだ。そのあと神社に向かって手を合わせ、うっかり毎朝の仏壇と同じように念仏をとなえてしまったなどという笑えない歌詞もあり、息子が金鵄勲章をいただいて母は果報者だという一節もある。金鵄勲章とは、当時、特別な手柄をたてた兵士におくられる勲章で、よくも悪くもこれが日本が通ってきた道なのだ。

 戦後派と言われる人々は、この部分を飛ばして教育を受けてきたせいか、近隣諸国から首相の靖国参拝にイチャモンをつけられてバッチリ言い返せないのが何とも情けない。一日がかりで九段に参拝した老母は亡くなったろうが、父が靖国に祀られている還暦過ぎの息子はいまも日本の各地でひっそりと暮らしているというのに。

 靖国問題は心の問題でもなければ、歴史認識の問題でもない。国際法の問題である。つまりサンフランシスコ平和条約に署名も批准もしていない中国や韓国はこの問題を口に出す資格はないの一言に尽きるのに、それが何故いえないのか。日本人でさえ靖国問題の核心を掴んでいない不勉強な人々が少なくないからだ。

 いまとなっては、いきなり国際法を取り出しても無理だろうから、まず「九段の母」に耳を傾けたい。私の知る限りあれは昭和一桁なら歌える。せめて川田正子にもう一頑張りして、いまこの時に「九段の母」を歌って逝ってほしかったのに。


2006年5月号【無知にして頑迷固陋な国よ】

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