2009.04.21 Tuesday 00:05
くっくり
NHKが取材したのは、こういう裁判だったのである。
《引用者注:平成4年、新潟市主催の憲法記念日の講演をキャンセルされた上坂さん。当初は市役所側も乗り気だったのに、「ある理由」から本人にことわりもなくキャンセルされた》
だが、そのまさかが本当であった。物の始末のいい私の手元に、新潟日報のスクープのきっかけとなった文書が残っている。
一枚は平成四年四月二十三日付で、日本社会党新潟支部執行委員長 安部央一および社会党・市民連合議員団団長 山田武雄の両氏の連名、もう一枚は日本共産党新潟市議会議員団団長 須田浩の名で、長谷川義明市長に宛てて、「憲法記念市民の集いに関する緊急申し入れ」としてあった。
大筋からいうと、その年の「中央公論」五月号に私が「自国を自力で守る方策も具体案もなく、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認をうたい上げるのは、観念主義やロマンチシズムの域を超えて、誇大妄想に近い」と書いて、憲法に対する国民の認識を問いただすよう提案したコラムを取り上げ、改憲論者を憲法記念日に講師に招くとは何事かと、市長に抗議したものらしい。
当時は、改憲を口にしただけで“非国民”扱いであった。
(中略)私は繁栄日本の陰に戦犯絞首刑の悲劇があったことを話すつもりだったのが、改憲論者に話させるなと大モメにモメたあげく新潟市主催の集いは中止となった。代わりに自治労などが呼びかけ人となって新潟大学の鯰越溢弘教授と評論家の小沢遼子さんを講師として参加費五百円を徴収したあげく、独自の集会を開いたとあとで聞いた。
(中略)ところで、社会、共産両党の代表の文書にはもう一つ特徴があった。平成四年といえば、例の従軍慰安婦問題の渦中であった。両党の申し入れ書は口裏を合わせたように、この問題に触れている。
「上坂氏は朝鮮人従軍慰安婦問題について『従軍慰安婦は必要悪』だったとか『今頃になって問題にするのはおかしい』『(慰安婦には)朝鮮人だけでなく日本人もいた』などと事実認識を欠いた論陣を張って問題となった人物で」「このような人物に憲法記念日の講師を依頼するということは、単に憲法問題を巡って解釈の違いがあるなどという問題ではすまされない」と、書きまくっている。
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