2009.04.21 Tuesday 00:05
くっくり
一度だけこの遺書と未亡人の言動を私なりにまとめて著名な総合雑誌に寄せたことがあるが、掲載直前に名編集長の判断によって外された。戦後、三十年目ごろのことだ。あのころまで戦時下の空気が脈々と生きていて天皇、戦争、昭和に関するチェックは良識としてタブーであった。私も原稿がボツになったことに特に異論を挟んでいない。昭和天皇および天皇制に関して、私の世代は特に礼賛も否定もする気はないが、その底流に共に戦争を乗り越えてきたという、ほんのりした親近感があるのは否めない。いまふうにいうと、戦時に対するKY(空気を読めない)世代とは、ここが違うのだ。
国家はまちがいなく天皇制を戦争に利用した。だが、それは特定のリーダーによる策略でも一握りの野心家の共同謀議でもなく、様々な偶然の積み重ねによって生じた時の流れがないあわさり、抜き差しならない状況となって人々を巻き込んだ結果といっていい。昭和天皇はいわばその制度に殉じ、天皇、天皇制、昭和、戦争が怒濤となって日本および日本人を呑み込んだといおうか。引きずられた私たちは当時の空気を読んで、昭和天皇を核としながら一生懸命に国家の方針にしたがった。つまり万事良かれかしと思いつつ、私心を捨てて時代に協力し戦争を生き抜いてきたのである。
複雑な厚みを孕んだあの時代を思い浮かべると、いまになって戦争は悪である、憲法九条は善である、昭和の思い出は日本の恥部だ、天皇および天皇制のもたらした弊害を一掃するのが民主主義だ、といわんばかりの一刀両断の分析の浅はかさが、私には気にかかってならない。
戦争は悪というよりおろかであったと思う。しかしそのおろかさの中で私たちは真剣に生き、互いに協力して未成熟な国家が陥りがちなコースを通過してきた。戦時下に国中が心を合わせ如何に真剣に国家の大事を切り抜けるべく努力してきたかは、皮肉にも当時の新聞が明らかに証明している。
天皇を頂点として陸海軍は国家を守るべく体当たりで取り組み、ジャーナリズムが先頭に立ってこれをリードするような時代を、日本じゅうが一丸となって体験して今日にいたった。あえて蛇足を加えるなら、子ども時代をこの空気の中で過ごした私は当時を思うとかすかな快感さえ感じる。若い世代が自らのKYを棚にあげ、あの時代を一刀両断のもとに否定して、粗雑に平和を守れといいつのるのが気になってならない。
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