2009.04.21 Tuesday 00:05
くっくり
敗戦の翌年の元旦に昭和天皇はいち早く「人間宣言」をされた。それまで神格化されていた天皇が人間だったことを、そのとき私たちは知ったのだが特に驚いたりはしていない。大人たちも同様だろう。神と信じ込んできた存在が人間だったとタネ明かしされたのに何故驚かなかったかといえば、神と信じきっていたわけではないからだ。いまふうにいうなら誰もが当時の空気を心得ていて疑義は口にしなかったのである。
人間宣言以後、人間なら戦争責任を問えという動きも、一般的には起きていない。昭和天皇には陸軍と海軍を統括する統帥権があったのだから、組織図的に言えば戦争の最高責任者である。しかし、GHQ(連合国軍最高司令部)のマッカーサー元帥でさえ天皇を戦犯扱いにしなかったのは、もしそうすれば占領政策どころではなくなると思ったからだろう。戦後しばらくして私は天皇の戦争責任について考えた時期があるが、当時の空気を承知している世代として、もしあのとき天皇を戦犯に指名したら、まちがいなく日本中暴動が起きたであろうと思う。良くも悪くも、いったん身につけた感覚はすぐには切り替えられるものではない。
戦犯といえば、かつてBC級戦犯の取材をしたとき、
「戦友は『天皇陛下バンザイ』といって死んでいった。自分もまもなく国家の罪を背負って絞首刑に処せられねばならない。なのに天皇はこの先も生きていけるのか」
と疑問として書き残した遺書が一通だけあった。未亡人を訪ねて、夫の遺書のその部分に込められた思いを聞いてみたところ、彼女はしばらく黙っていたが、
「天皇様に罪があるわけじゃなし」
と呟いた。敗戦の翌年から七年半にわたって昭和天皇が全国を巡幸されたときも、各地で“熱狂的”に迎えられたと新聞が伝えている。前記の未亡人のところにも連絡があって、戦死者や戦傷病死者や戦犯として国家のために命を亡くした人々の遺族は、最前列に特別席を用意して招くといわれたが、彼女は辞退している。天皇を恨む気にならないものの、天皇に近寄るのをことさら避けるようにした未亡人の心境は、戦争をくぐり抜けてきた日本人なら誰しも暗黙のうちに了解するだろう。私には手に取るように分かる。
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