外国人から見た日本と日本人(10)

2009.04.04 Saturday 00:52
くっくり


■ノフィータ・ウイラワン=インドネシア人。1973年(昭和48年)生まれ。ジャカルタの大学でITを学びつつコンピュータソフト会社でアルバイトをしていた時に日本人と接し、日本で学ぶことを望む。来日後、東京大学情報科学科で研究生として学び、現在は日本のコンピュータ関係の会社でシステムエンジニアとして勤務。日本滞在期間8年。
加藤恭子編「私は日本のここが好き!—外国人54人が語る」より

 日本に来て印象的だったのは、街がとてもきれいで清潔感があること、人も車もルールを守っていること、そして道や電車の行き先などを聞くと、皆さん親切に教えてくれることでした。ビジネスビルでは夜遅くでも明かりが点いていて、オフィスではまだ仕事をしているのだと思いながら、見ていました。子供の頃、テレビで「おしん」が母国語で放映されていたことがありました。そこで受けた感じは、「がんばれば良くなる」という、日本人の向上心、前向き思考です。このような精神があったからこそ、日本は豊かになったのだと思います。

 研究室は十五人で女性は私のみ、外国人は二人でした。日本語も十分理解できなく、テーマに追いついて行くのが大変なときに、差別無く、皆さんから親切に教えていただいたことは感謝しています。そしてその研究室で高度なことを学べたことに満足しています。

〈中略〉日本はとても安全であると思います。電車が正確に走り、女性専用車もできました。またコンビニ店なども身近にあって、母国に比べて女性でも暮らしやすいです。ですから日本で外国人として働くとき、環境に順応してがんばれば、女性も働きやすいと思います。

 日本は伝統文化を大事にしています。お祭りのお神輿(みこし)や花火。和太鼓は打たせてもらいました。低温の響きと硬い音との組み合わせが素敵です。着物も着たことがあります。京都、奈良では、お寺や神社、建物など伝統的なものを、周りの自然と共に大切に守っています。これらが街と調和して違和感がありません。これが日本なのだと感心しました。

■ドロシー・ブリトン(レディ・バウチャー)=イギリス人。1922年(大正11年)生まれ。エッセイスト・翻訳家。日露戦争の年にイギリスから横浜へ来た機械会社経営の父とアメリカ人の母の間に生まれる。父の急死により12才でイギリスに帰国。バミューダ、アメリカと移り住み、1949年(昭和24年)再び日本へ。英国空軍のバウチャー少将と結婚。夫の回想録の執筆の他、「奥の細道」「窓ぎわのトットちゃん」の英訳なども。現在、葉山に暮らす。日本滞在期間64年。

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