外国人から見た日本と日本人(10)

2009.04.04 Saturday 00:52
くっくり


■バー・モウ=1893年(明治26年)、当時イギリスの植民地だったビルマに生まれる。独立運動家、政治家。大東亜戦争開戦後、日本軍と共にイギリス軍と戦い、1943年(昭和18年)8月1日、ビルマ国の独立を宣言、国家元首に就任し、対連合国への宣戦布告を行う。1945年(昭和20年)8月に日本へ亡命したが、12月に自ら連合国の占領軍(イギリス軍)に出頭、翌年に特赦されビルマに帰国した。
横堀洋一訳「ビルマの夜明け」より

 日本の事例は本当に悲劇である。歴史的に眺めると、日本ほど、アジアを白人の支配下から解放するのに尽くした国は、他には何処にもない。にも拘わらず、解放を援助しまたは、いろいろな事例の手本を示したその人々から、これほどまでに誤解されている国もまた無い。

■鄭春河=1920年(大正9年)台南生まれ。日本名「上杉重雄」。台湾に志願制度が布かれた1942年(昭和17年)血書歎願し陸軍特別志願兵としてチモールに従軍。1993年(平成5年)小冊子「嗚呼大東亜戦争」を自費制作し日本の関係各者に配り、戦後日本人に覚醒を促した。2005年(平成17年)没。
「台湾人元志願兵と大東亜戦争」より

 日本以外のアジア諸国は知つてゐる、日露戦争がアジア解放の出発点であり、大東亜戦争がその完結であることを。

■ラッセル・ブラインズ=アメリカ人。記者。AP通信社東京支配人。
江藤淳著「忘れたことと忘れさせられたこと」より
 敗戦直後の日本について

 滞京二週間の印象としてまづあげられることは日本国民がこの僅か二週間の間にも最初の衝撃から段々に醒めて雄々しくも着々復興の準備にとりかゝりつゝあるといふことである。

 日本に着くまでは「浪人」や右翼の連中が相当うるさいことだらうと想像してゐたが実際来て見て全国民が余りにも冷静なのに驚いた。

■王世杰=中華民国国民政府の外交部長。
江藤淳著「忘れたことと忘れさせられたこと」より
 敗戦直後の日本について

 日本破れたりとはいへ、その国民性は決して軽視することができぬ。例へば日本国民の皇室に対する忠誠、敗戦後における威武不屈、秩序整然たる態度はわが国の範とするに足る。

■朴正煕=1917年(大正6年)生まれ。韓国の軍人・政治家。大邱師範学校を卒業し、慶北聞慶国民学校で3年間教師をした後、日本国籍のまま満州国軍の新京軍官学校で学び、同校を首席で卒業。優秀な成績のため、日本の陸軍士官学校に留学。1944年(昭和19年)に日本の陸軍士官学校を3位の成績で卒業(57期)し、終戦時は満州国軍中尉。クーデターで政権を奪取して第5〜9代大統領(在任:1963年〜1979年)を務め、軍事独裁・権威主義体制を築いた。1979年(昭和54年)、側近によって射殺された。

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