「ムーブ!」天安門事件20年 中国の未来は?(細切れぼやきも)

2009.03.07 Saturday 01:38
くっくり



富坂聰
「これは○○○○(中国語で発音)ということで、とにかくですね、みんなが納得する人事と。で、これは逆に言うと、お前だったら誰も反対しないという」

関根友実
「無難…」

富坂聰
「無難ということなんですよね。で、江沢民さんはこういう人事でなってるんですよ。で、その、そうなっていく、その中国の権力の形がガラッと変わるのは、江沢民さん以降で、それまでは圧倒的なカリスマなんです。で、さっきちょっとトウ小平さんの第5代総書記っていうのが出てたんですが、これちょっと誤解があるといけないんで(先ほどの画像に戻る)」

image[090303-16rekidai.jpeg]

富坂聰
「第5代総書記っていうのは、これあの、当時幹事長ぐらいの身分なんで、中国のトップじゃないんですよ。この時は国家主席というのが一番上だったんで。で、これはちょっと、これと並べちゃう、胡耀邦の時から中国のトップが総書記っていうポストになってるんですね。で、これを要するに引き継ぐ時に、実は僕はこの『小学生レベル』っていう話は知らないですけども、ただ、91年の時に、江沢民が全然その改革開放を進めないことに怒ったトウ小平が呼びつけて怒るんですね。で、その次にですね、南巡講話っていうのを自分でバーンとやっちゃうんです。あまりにものろいから。で、その時に、お前何してるんだっていうふうにこの人(江沢民)が怒られた時に、『この国のトップには私よりも蕎石(きょうせき)同志の方がふさわしい』と言ってね。当時その中国のアンドロポフって言われてるですね、要するに公安畑でずっと上がってきた蕎石っていう人がいたんですね。その人のことを、私よりも蕎石同志の方がもうはるかに適任であると」

堀江政生
「でも、その人がなるわけにはいかなかったんですね」

富坂聰
「そうです。だから彼(江沢民)がほんとに強いリーダーになったのはですね、97年にトウ小平が死んでからなんですね」

堀江政生
「ああー。中国もそういうところが、あれですね、微妙にこう歴史が変化がしてるんでしょうかね、須田さん」

須田慎一郎
「うーん、ただね、私思うにね、やっぱり国、これ中国に限らずですね、国家の近代化であるとか、経済的成長っていうことを考えていくと、やっぱりまだ経済的に未成熟な状況からとりあえず近代化進めていく中においてはですね、その初期の段階においてはやっぱり独裁制といったらいいんですかね、政治的にですね、かなり強圧な力を持ってやっていかないと、なかなかその経済成長、つまり国の経営資源といったりですね、人・モノ・カネを一点に集中させるためには、こういった体制が必要だったのかなと。今、中国経済があるのも、要するに当時ですね、やっぱりその独裁的なやり方をやったからじゃないかなと。そのことがいいか悪いか別ですよ。要するに今の、今日の中国があるのもやっぱり、その当時の判断だと思いますね」

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