日本人であること、あろうとすること
2009.02.21 Saturday 02:16
くっくり
もし外国人に「節分?豆なんか撒いて何の意味があるの?豆がもったいないよ。そんな古くさい行事はもうやめたら?」などと言われたら、日本人としてはやはり「ちょっと待ってよ!日本人にとっては意味のあるものなんだから!」と反論したくなりますよね。
現在の価値観に照らして理屈に合わない因習も、日本人のアイデンティティ(石井さんの言葉を借りれば「日本人が日本人であること、あるいは、日本人であろうとすること」)の源泉だったりするんですよね。
お正月のたけしさんの番組は今思い返しても本当に素晴らしい内容で、40代半ばの私ですら知らずに来たことがいっぱい詰まっていました。日本人のアイデンティティを再認識させてくれる宝箱でした。
学校でもああいうことをたくさん教えてほしいなぁ。日本国や日本人の特性を「発見」していく作業をさせてあげてほしい。そしたら子供たちも日本のことがもっと好きになるし、アイデンティティも自然と芽生えると思います。
「愛国心」に警戒を示す日教組の先生なんかも、これだったら敷居が低いんじゃないでしょうか。
と思ったけど、いや、やっぱり「日本人のアイデンティティ」って時点でアウトか。
彼らは「地球市民」なんてありもしないものを夢見ていて、子供たちにもそれを継承しようとしているのだから。
ちなみに藤原正彦さんもこのように言っています。
「日本ではよく、最初に人類愛を教えようとしますが、そんなことがうまく行くはずがありません。『地球市民』なんて世界中に誰一人いない。そんなフィクションを教えるのは百害あって一利なしです。まずは家族愛をきちんと整える。それから郷土愛。それから祖国愛です。このうちのどれかが欠けていたら、世界に出て行っても誰も信用してくれません。
私は、ガーナ人でガーナを愛さない奴がいたらブッ飛ばします。韓国人で韓国を愛さない奴がいたら張り飛ばします。仮に張り飛ばさなくても、少なくともそういう人間とは絶対に付き合いません。根無し草と付き合っても、何一つ学ぶものがないからです」
(『国家の品格』p.112)
あと、もうひとつ石井英夫さんの話の中で気になったのが、ウイグル人女性の以下の言葉です。
「私達ウイグル族には、自分で歴史を書くという、習慣というか、智恵が無かった」
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