戦後の昭和天皇を振り返る
2009.02.10 Tuesday 00:26
くっくり
負担軽減が必要であれば、国事行為を皇太子に代行させたり、憲法には記載のない公的な行事へのご臨席を減らすという方法もあったはずだ。だが、現実には公務が優先され、宮中祭祀が犠牲となった。
<中略>実は背景には厳格な政教分離の考えがあった。当時の事情を知るOBによれば、「戦前の宮内省時代からの生え抜き職員たちがそろって定年で退職し、代わって他の省庁から幹部職員が入ってくるようになったことが原因」だという。新しい職員たちは国家公務員であるという発想が先に立ち、皇室の伝統に対する理解は乏しかった。宮内庁内に厳格な政教分離の考えがはびこり、「なぜ祭祀に関わらなければならないのか」などと側近の侍従職までもが声を上げるようになり、祭祀から手を引き始めたのだとう。
■[ワイド]我が心の昭和天皇 「柔道は骨が折れますか?」事件の真相/山下泰裕
【皇居の園遊会に招かれ、昭和天皇から「柔道は、骨が折れますか(柔道は、大変ですかの意)」と尋ねられ、「はい、昨年骨折しました」と答えて周囲の爆笑を誘ったエピソードについて】
怪我の功名といえばいいのか。失敗を悔いる間もなく意外な展開が待っていた。私の勘違いがおかしかったのだろう。陛下と私の会話に静かに耳を傾けていた他の出席者から笑いがおこった。さっきまでのピンと張り詰めた緊張が一瞬で解け、会場には和やかな空気が漂った。陛下も楽しげな笑みを湛え「今日はよく来てくれました」と私をねぎらってくださった。
あの勘違いのおかげで、私は運良く陛下の自然なお姿と笑顔を知ることができたと思っている。私にとって大きな体験だった。陛下の慈しみ深い表情を目前で拝見したとき、こう感じたのだ。
陛下は、常に世の中の平和や人々の安らぎを心から願っているのだ、と。
私は、いくら言葉を重ねても相手には届かない「思い」というものがあると考えている。そんな陛下の「思い」が、表情、立ち居振る舞い、雰囲気から私の心に響いてきた。(談)
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